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二つの迎賓館(千野 境子)2006年9月

 紅葉にはまだ早い9月半ば、思いがけず京都迎賓館を見学する機会に恵まれた。昨年4月、京都御苑の一角に開館した京都迎賓館の評判の良いことは聞いてはいた。おかげでかどうか、いまや老朽化の目立つ赤坂迎賓館の方も改修計画が動き出している。
 
 私は赤坂迎賓館にはちょっとした思い入れがある。迎賓館として完成した昭和49年4月に行われたマスコミ内見会に参加し、記事を書いたのだ。もっとも当時はベルサイユ宮殿を模したなどと言われても、そもそもフランスに行ったことがない身には「はあ、そうですか」と言うしかなくて、「明治の西洋崇拝も大変なものだったんだナ」と感心を通り越し、嘆息しながら館内を見学したのを思い出す。京都迎賓館の和風建築は日本がようやく日本になった証しなのだろうか…。
 
 見学はあいにく雨脚の強い日だった。けれど内部の静寂さに比して、庭や池を激しくたたく雨音が風情を一層かきたてた。愉快だったのは、見学にあたり皆が白い靴下とスリッパに履き替える上に、白い手袋をはめさせられたこと。一瞬、学芸員の気分になったが、すかさず「手袋をはめたからといって、物にさわらないでくださいね」と案内者にたしなめられてしまった。

 迎賓館の概要は鉄筋コンクリート造地下1階、地上1階建、延床面積約16,000平方㍍で入母屋屋根、数寄屋造りだ。

 何もかもが無垢で真新しい。廊下を歩くと桧の匂いがそこはかとなく漂ってくる。鏡のように磨き抜かれた漆塗りの一枚板の長い長いテーブル。「坐春風之中」としたためた小泉純一郎首相の掛け軸もあった。

 一気呵成に書いたような勢いが感じられなかなか良かったが、なぜか肩書の内閣総理大臣だけがよろけそうな字でぎこちなかったのはご愛嬌。やがて「内閣総理大臣 安倍普三」に掛け替えられるのだろうか。

 そして日米首脳会談が行われたという座敷に座り、季節限定の簾越しに眺める日本庭園は、まるで夏の名残りまで感じられるような見事な趣きを演出していた。とは言え京都迎賓館の素晴らしさとは、結局のところ和風の極致とも言うべき簡素さにあるのではないかと思った。あの方丈に宇宙を見る精神。一切の無駄を排した清々しいまでの「無」だろうか。壁に絵の1枚も架かっていない。純和風だから当然だが、いまや和洋折衷に染まった現代人には実に新鮮である。

 デコラティブの頂点を極めたような赤坂迎賓館とまさに対照的だ。こちらは天井から壁、シャンデリア、床、絨毯、家具調度…どれもこれも絢爛豪華で、30年前に書いたわが記事をひっぱり出したら、家具約1800点のうち600点はフランスに特注、シャンデリアもオールフランス製などとあった。
 
 また正面玄関を入ると深紅の絨毯が敷かれている赤坂に対して、京都はこれまた一切何もなし。恐らく、VIPたちは玄関を入ってちょっと戸惑い、けれど次の瞬間から和の空気に浸ることだろう。
 
 評判は上々と冒頭にも書いた。ブッシュ米大統領はことのほか気に入ったようで、日本語で「ありがとう」とメモを残し、職員らを感激させたとか。ちなみに宿泊だけは布団よりベッドを選ぶVIPが多いらしい。

 京都迎賓館の建設が決まった時、一部に税金の無駄遣いとか自然環境の破壊など反対もあったと聞く。確かに総工費200億円余も年々の維持費も決して安いものではない。しかし何でも経済効率だけで決めるのは、貧すれば鈍するの類いである。日本の”客間”は名実ともに極上の日本間であってほしい。ベルサイユ宮殿の模倣はもう卒業である。

 赤坂迎賓館は和風別館が建築家、安藤忠雄さんの手で改築される。安藤さんは「世界に日本文化の高さを発信できる機会。日本の顔として、自然と文化が調和した品格のある設計をしたい」と抱負を語っている(読売新聞9月19日付)。完成の暁には、また内見会へ行かなくてはー。
                                                   (2006年9月記)

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