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欧州人の顔(黒岩 徹)2005年12月

 どこの国を旅するときも、私は人間の顔をじっと見る。建物や自然も魅力的だが、そこに生きる人々の顔には常に探究心をそそられる何かがある。この地方の人々は、きつい顔をしているが、うちに秘めた激しい情熱を隠しているのではないか、この人物が見せる顔の皺に、民族が抱える百年の怨念が示されていやしないか――といったいくつもの感想や感慨が沸き起こる。

 こちらが旅先で人々を凝視するせいか、私自身がよく見つめられる。それも子供からの場合が多い。クリスマスに英国の友人からヨークシャーの自宅に招待されたとき、友人夫妻と教会のミサに行った。父親に抱きかかえられた一歳前後の赤ん坊が突然泣き出した。父親が赤ん坊を後ろ向きに肩より高く抱き上げたとき、視線が私と合った。その途端、赤ん坊は泣き止んでじっとこちらを見る。父親が別の方向に向けるとまた泣き出す。再び私の方を向くと泣き止んで驚いた顔をする。父親は事の次第がわからなかったが、友人や周りのものがクスクス笑っていた。妻が「赤ん坊にはあなたがよっぽど奇妙な顔に見えたのよ」と囁いた。

 その翌年、ギリシャ旅行でクレタ島の空港のベンチで飛行機を待っていた。4、5歳のギリシャ人の娘が、私を見てびっくりしにたような顔をした。少し離れて立ったまま見つめていたが、意を決したかのように、近くににじり寄って、パッと手を出して、私の膝を軽く叩き、手を引っ込めた。この動作を2回繰り返した。明らかにこちらの反応を見ている。まるで私は動物園のパンダのような珍獣である。周りがクスクス笑っている。妻が「異星人か、不思議な動物だと思っているのよ」と囁いた。

 私の顔はこれといった特徴も迫力もない普通の日本人タイプである。婚約時代、妻から「あなたに似たような人がいると思って追っかけたら別人だったわ。眼鏡をかけた似たような人は随分いるわ」と文句を言われたほどである。だがその後、欧州でしばしば子供につきまとわれたり、驚ろかれた。ここから判断すると、欧州の子供にとって、この普通の日本人は不思議な顔つきらしい。子供に興味をもたれるだけでなく、老人からもよく声をかけられる。何年か後にロンドン支局で二人の部下に「おれは子供と老人にもてるんだ」と自慢したら、「ではその中間はわれわれが受けもちましょう」と言われてしまった。

 だが成人した大人にとっては別に興味の対象にはならない。スペインの友人が私の子供たちを見て、「日本人の子供はなんて可愛いのか」と言った後、こちらの顔を見て「大人になるとどうしてダメになるのか」と不思議そうに聞いてきた。しゃくだったから、「それはスペイン人と全く同じだ」と答えておいたのだが。

 この経験は、年齢層によって他民族の顔に対する趣向が違うことを教えてくれた。自分の顔が子供や老人には受けるが、英国の若い女性には興味をもってもらえないことは十分承知している。女性にもてる日本人男性は、私のつたない観察力によると、頬の張った角型の顔をもつ男である。西欧人にない顔型が異国情緒を誘うのだろう。男性にもてる日本女性のタイプについてはいわない。欧州人たちに日本の女性をもっていかれてはかなわないからだ。

 ではわれわれが欧州人を見たときはどうなのか。ダイアナ妃を日本人の多くは絶世の美女とみなすだろうが、英国人に聞いてみると、必ずしもそうではないらしい。あの訴えるような瞳を評価するものの、高い鼻は曲がっているし、唇も魅力がない、として並みの美人クラスとみる英国人がかなりいるのだ。つまりに日本人と英国人の美人観、美男子観は明らかに違っている。    

 そんな違いを旅の間で考えていると人種の多様な欧州の旅はますます面白くなる。
                                                    (2005年12月記)
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