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山東半島を一巡り(藤村 幸義)2005年10月

日経論説委員のOB5人で、中国の山東省を8日間、旅行してきた。山東省は地理的に日本から最も近いにもかかわらず、日本からの旅行者はそれほど多くない。しかし今回、青島、済南、泰山、曲阜、煙台などを回ってみて、改めて観光資源が多く、日本との関わりも深いことを実感した。

何よりも驚いたのは、高速道路がどこにも通じていることだ。聞くところによると、高速道路の距離数が中国で最も多い省なのだそうだ。約3000キロの旅で、高速道路をはずれたのはごく一部だった。平均年齢約65歳の我々訪中団にとって、快適なバス旅行ほどうれしいことはない。

高速道路の両側には、巨大なビニールハウスが広がっていた。山東省は日本向け中国野菜の一大生産地なのである。日本向けの半分以上はここ山東省から出荷されている。そんな説明を聞くと、にわかに山東省が身近に思えてくる。旅行中も野菜をふんだんに食べた。「中華料理は脂っこい」というイメージとはほど遠く、日頃健康に留意しているみなさんにはこの点も好評だった。

山東省は歴史遺産が多い。青島と済南のほぼ真ん中に位置する「シ博(しはく)」という街は、紀元前11世紀に興った斉国が都を置いたことで知られる。「地下博物館」と言われるくらい、多くの遺跡があちこちに残っている。「古代戦車博物館」の陳列品は高速道路の工事中に発見された。その高速道路の真下に博物館を建てたので、見学していると、走行中の車の音が響いてくる。

文化部出身のIさんが「ぜひ行きたい」とリクエストしたのが、「青州博物館」の仏像群だった。1996年に発見されたばかりだが、あまりのすばらしさに世界の仏教美術関係者を震撼させた。千年の時を経ているにもかかわらず、朱や緑などの彩色が鮮やかに残っており、金箔も燦然と輝いている。 雲岡、龍門などの仏像は大柄だが、ここの仏像は細身で穏やかな笑みを浮かべていて、むしろ日本の仏像に近い。

山東省と言えば、泰山や孔子の故郷・曲阜にも触れざるを得ない。世界遺産ともなっている泰山はロープウェイで登った。山頂は霧に包まれ、ほとんど視界ゼロだったが、中国人の観光客でごった返していた。金儲け主義の蔓延で世の中がせち辛いだけに、願い事をしたくなる中国人も多いのだろう。

曲阜は孔子一色の町だった。最近、孔子の家系図が「世界一長い家系図」としてギネスブックに登録されたとのニュースがあった。現在は82代目である。我々を案内してくれたのも「孔さん」で、79代目の親戚だった。「孔林」と呼ばれる孔家の墓は、バスでみて回るほど広かった。文化大革命では墓石が破壊され、「批林批孔」という政治運動にも利用されたが、いまは面目一新し、すっかり観光都市に生まれ変わっている。

我々が山東省を訪れたのは「抗日戦争勝利60周年」の微妙な時期だった。政治部出身のKさんは訪問した先々で、日中関係をどう思うか、それとなく探りを入れた。すると返ってくるのは「日中関係は密接です。これからますます大切な関係になっていくでしょう」という答えばかり。政治の中心からやや離れているからか、小泉首相の靖国神社参拝を批判するといった声もついぞ聞かれなかった。

もっとも青島の空港から帰るとき、飛行機便が1時間ほど遅れた。場内から「軍事演習のため遅れます。いましばらくお待ちください」とのアナウンス。帰国してから中ロ軍事演習が山東省で行われていたという厳しい政治の現実を知った。(2005年10月記)
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