会見リポート
2025年03月12日
13:00 〜 14:30
10階ホール
「変わる『家族』」(7) 本多真隆・立教大学准教授
会見メモ
事実婚、夫婦別姓、同性婚、ステップファミリー、共働き――。
昭和期に典型とされたサラリーマンと専業主婦による法律婚の核家族とは異なる家族が広く認識されるようになり、「家族の多様化(性)」が指摘されるいま、言論に携わるメディアも含め「家族」という言葉の使用法をあらためて考える必要があるのではないか。そんな問題認識のもと、本多正隆さんは家族集団を表す「家庭」という言葉の歴史的変遷と背景にある社会変動、この言葉を巡る保守と革新それぞれの動きを解説した。
明治期において「家庭」は伝統的な「家」に対する新たな家族像というニュアンスが強くあった。「保守系論者は『家庭』は家制度を弱体化させるものとみなしていたが、その後、性別役割分業型の家族が既成秩序となる中で、保守的な言説に回収されていった」。
日本の家族政策は「家族にケアの役割を負わせる家族主義と、家族とはこうあるべき、子育てに喜びを感じなくてはいけないなど内面性への介入が根強い傾向にある」。
「『家族(家庭)』を考えることは、社会はどのようにあるべきかという問いと不可分」であり、 個人と家族を取り巻く社会が弱体化している現状を踏まえれば「相互依存から投げ出された『個人』をエンパワメントとしながら、関係づくりをサポートする社会が望ましく、その関係は特定のモデルに限定しないほうが公正な社会になり得る」。
司会 小林伸年 日本記者クラブ企画委員(時事通信社)
会見リポート
あいまいな「家族」
山岡 文子 (共同通信社デジタル編成部)
取材先が「家族」や「家庭」という言葉を発するたびに「あなたにとって『家族』とは何ですか」とか「どういう意味で『家庭』という言葉を使ったのですか」と尋ねた記憶は私には、ない。自身のこれまでの取材を必死に思い起こし「なぜ質問しなかったのか」を考えながら本多真隆さんの会見を聞いた。
本多さんは膨大な資料に基づき、思想家や政治家、官僚など実に多様な人たちが、いわゆる「家族」や「家庭」といった言葉を生み出し、定義付けし、主義主張のために利用し、現実の社会と相互作用してきたと指摘した。
このため意味も使われ方も変遷する。しかし私が一番重要だと感じたのは、取材先が発した「家族」「家庭」は、私が思い描く「家族」「家庭」と違うかもしれないということだ。
これほど、あいまいな言葉を私は無防備に使ってきた。取材ではテーマに沿った「前提」が存在する。また、取材相手は「きっとこういう価値観がある人だろう」と見当をつけている場合がほとんどだ。
しかしインタビューが進み、私が「ここは家族の話をするのだろう」と思っても、全く家族に触れずに話し続ける人もいた。「ご家族は…」と振ると「あ、それはですね」と積極的に答えた人もいるが、中には明らかに回避した人もいた。
何らかの深い思いや事情があってのことだろう。初対面の記者には説明できないと思ったのかもしれない。そもそも、一言では言い表せないのかもしれない。
TBSのドラマ「御上先生」には、さまざまな「家族」が登場する。殺人を犯した娘とその母、長男の自死を受け入れられない母と、母から兄の名前で呼ばれる次男、障害を持つ弟との関係に苦しむ姉。こうした人たちはメディアで多用される「家族」の範疇に入らない気がする。しかし最近、現れた人たちではない。ずっと存在していたのに、私たちが目を向けていなかったからではないだろうか。
ゲスト / Guest
-
本多真隆
立教大学准教授
研究テーマ:変わる『家族』
研究会回数:7