2022年01月07日 15:00 〜 16:30 10階ホール
「災害報道について考え直すための7つの『やめよう』」 矢守克也・京都大学防災研究所教授

会見メモ

災害情報論や防災教育学を専門とする京都大学防災研究所の矢守克也教授(防災心理学)が、阪神淡路大震災が発生した1.17を前に、次なる災害を防ぐための報道のあり方について、7つの点から話した。

矢守さんは、過去の災害で被災者やメディアなどが判断に迷った「分かれ道」を提示し、その対応を考える防災シミュレーションゲーム・クロスロードの開発者の一人でもある。

司会 黒沢大陸 日本記者クラブ企画委員(朝日新聞)


会見リポート

「やめよう」は「始める一歩」

久慈 省平 (テレビ朝日報道資料部長)

 大雨が降り、河川氾濫の危険が迫る。自治体の避難指示に従い、避難所に身を寄せる。しかし、間もなく雨は収まり、大きな災害は起きなかった。無駄足と批判されるこういった避難行動を〝空振り〟と表現せず、〝素振り〟と言い換えようと提唱しているのが矢守教授だ。

 災害報道を担当すると、さまざまな専門家に出会う。パソコンのデータとにらめっこしている研究者がほとんどだが、矢守教授は研究室を飛び出し、災害現場を歩き、住民と語り、地道な避難訓練をしながら、メディアでも発言を続ける異色の存在だ。その矢守教授が災害報道について「7つのやめよう」をテーマに会見した。

 「被害事例にだけ注目するのはやめよう」では、人的被害の有無でニュースの扱いが大きく変わることを問題視。また、住民の避難行動に結び付かない災害オタクのような記者解説、過去の経験を教訓としない「想定外の放置」などにも異を唱えた。矢守教授が浮き彫りにしたメディアの実態は、災害担当にとって耳の痛いことばかりだが、〝素振り〟のニュースに時間を大きく割くことはまれだし、「やめよう」と言われても、組織上そう簡単にいかないこともありそうだ。

 厳しい指摘の一方で、矢守教授は前向きなアイデアも持っていた。たとえば、定番のアニバーサリー報道。その日以外は無関心の「記念日ジャーナリズム」とも言われるが、「少しずらしてみては」と提案した。阪神・淡路大震災であれば「1月16日」、東日本大震災であれば「3月10日」など、あえて普通の日に、日常生活が突然崩壊してしまう異常さを考えてみるのも工夫の一つだろう。また、「もうちょっとで大変なことになったかもしれない」潜在的な、隠れた災害にも目を向ける意義を熱く語った。

 災害報道への「やめよう」は、新たな災害報道を「はじめよう」という一歩でもありそうだ。


ゲスト / Guest

  • 矢守克也 / Katsuya Yamori

    京都大学防災研究所教授 / professor, Disaster Prevention Research Institute Kyoto University

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