2019年04月02日 14:30 〜 16:00 9階会見場
「平成とは何だったのか」(18)女性と社会~何が変わり、何が変わらなかったか~ 樋口恵子・評論家

会見メモ

 男女平等社会の実現、介護保険制度の導入と多岐にわたり社会制度改革に注力してきた女性評論家の樋口恵子氏が、平成時代の女性と社会、自身の思いを語り尽くした。

 女性の社会的地位は大きく変わった一方、なお残る課題もある。だが「希望は捨てていない。30年、50年という単位でみれば、必ず変わる。変わったことは男女ともどもに益を及ぼす」と力強く語った。

 

司会 小川記代子 日本記者クラブ企画委員(産経新聞)

 


会見リポート

平成は「違いを認め合う」時代

小川 記代子 (企画委員 産経新聞社東京編集局副編集長)

 女性問題に取り組んできたパイオニアとしての熱量に圧倒された。年齢などものともせず、何かに挑んでいくかのごとくなのだ。

 男女雇用機会均等法(昭和61年施行)の直後に幕を開けた平成。前期は男性も対象にした育児休業法や家庭科の男女必修などがあり、「多様性と寛容の時期で生きやすかった」。特に主に女性が負わされてきた介護を社会化させた介護保険法(平成12年施行)に尽力。「つらいこともあった。たたかれてもへこたれなかった」と振り返った。

 一転、「心地よくなかった」と顔を曇らせた平成後半。11年の男女共同参画社会基本法施行を機に、「各地で共同参画つぶしのバックラッシュ(揺り戻し)が起こった」。自身も個人攻撃を受け、テレビ出演も激減したそうだ。それでも奮起できたのは、「次世代の社会が少しでも良くなるように」との信念だった。

 樋口さんは平成を終える今、「希望を捨てていない」と言い切る。明らかに30年間で変化があったからだ。ベビーカーに赤ちゃんを乗せた父親の姿は珍しくないし、LGBTへも理解がある。平成は「違いを認め合う」(樋口さん)ようになった時代でもあった。

 約30年前といえば、入社したばかりの私が電話を受けると「女の子じゃなくて、ほかの人いる?」と言われたものだ。今ではあり得ない。30年の変化は確かにあった。

 報道人である聴衆を前に、樋口さんは「自由に議論ができる風潮、メディアであってほしい」と繰り返し、語っていた。自由なようで見えない鎖で縛られている現状に対し、時事通信OGとして警鐘を鳴らしたのだろう。

 平成に表面化した「女性と土俵」問題にも言及し、女性が土俵で賜杯を渡すためにも「総理大臣を女性にしたらいい」と提言。最後までパワーに満ちあふれていた。


ゲスト / Guest

  • 樋口恵子 / Keiko Higuchi

    日本 / Japan

    評論家

研究テーマ:平成とは何だったのか

研究会回数:18

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