2018年03月26日 15:00 〜 16:30 10階ホール
著者と語る『評伝 石牟礼道子-渚に立つひと-』 米本浩二 毎日新聞西部本社学芸グループ記者

会見メモ

『苦海浄土 わが水俣病』を著した石牟礼道子さんを描いた評伝の著者が、石牟礼さんと周囲のエピソードをまじえ、執筆の舞台裏を語った。

『評伝 石牟礼道子-渚に立つひと-』(新潮社サイト)

 

司会 小川記代子 日本記者クラブ企画委員(産経新聞)

YouTube会見動画

会見詳録


会見リポート

「渚の時間」に寄り添う

 陸でも、海でもある「渚」。前近代の感性を持ったまま、近代を生きた石牟礼道子は、米本浩二さんとの対話の中で「どこにいても、私は渚に立っていたのです」と語っている。

 道子は、何かを問われるとその思い出から語り出す。「3~4時間いたら、核心を突く言葉が出てくる。その日のうちに終わったらいい方で、1週間かかることもあるが、道子さんの話は必ず着地する」と言う。

 『評伝 石牟礼道子 渚に立つひと』で、米本さんは「石牟礼さんと過ごした時間は400時間をゆうに超える」と書いているが、実際にはその倍以上の時間をかけたという。恐ろしく気の長い取材だ。

 米本さんは方言交じりで訥々と話した。飾らない人柄がにじみ出て、何度も笑いを巻き起こしつつ、会見は優しい雰囲気で進んだ。

 出席者は、全員が理解したに違いない。渚の時の流れに合わせられる、無二の聞き手がいて初めて、道子の評伝が世に出たということを。

 だが、それだけでは、読売文学賞評論・伝記賞に選ばれる書は生まれない。著者の筆は、時代のあわいにある美しい渚を、きめ細やかな表現で的確に描いている。

 米本さんが言う通り、水俣の闘いがただの裁判闘争に終わらず、近代を照射する史的・文学的意義を持ち得たのは、道子の存在ゆえだ。

 私事になるが、長く九州で報道の現場を歩んできた。この本には、駆け出しの私が憧れた九州の言論人が多く登場するが、みな青年時代に水俣闘争に深く関わり、道子から大きな影響を受けていたと知った。

 実は、私が歩いてきた道は、長く峰を連ねる巨大な「石牟礼山脈」と並行していた。だが、山嶺は大きすぎて全貌は見えず、私は麓にいる人々との出会いを繰り返し、ただ裾野を歩んできただけだったのだ。

 霞の先はるかにそびえ立つ山脈の存在を実感し、愕然としている。

 

神戸 金史 RKB毎日放送東京報道部長 

 

 

会見余話:

●訥弁の名調子、「石牟礼物語」

 「何も用意していないし、大丈夫かなあ」。米本浩二さんは、控室で表情が冴えなかった。

 本番開始。恥ずかしいのか、正面を向かず、司会者に訥々と話しかけている。おいおい、ほんとに大丈夫?

 ところが、この訥弁がじわじわ心にしみてきた。

 特に歴史家・渡辺京二さんが石牟礼道子さんの食事を30年以上も作っていたエピソードを2人の声色で再現するくだりは、まるで達人の噺家による人情話の味わいがあり、圧巻だった。

 「互いに家庭がある。恋愛感情を胸に秘めたまま踏みとどまる。見事な同志的結合…」「2人の関係を書くことは熊本ではタブーになっていた。知りすぎてしまった。書いていないことは山ほどある」

 司会の小川記代子さんの柔らかな「受け」も素晴らしかった。現役新聞記者2人による想定以上の「名演」をぜひ動画で観てください。

専務理事 土生 修一


ゲスト / Guest

  • 米本浩二 / Koji Yonemoto

    日本 / Japan

    毎日新聞西部本社学芸グループ文芸担当記者 / Literary Reporter, Arts and Sciences Section, Seibu Main Office of the Mainichi Shimbun

研究テーマ:『評伝 石牟礼道子 渚に立つひと』

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