2015年06月05日 11:10 〜 12:00 10階ホール
アキノ フィリピン大統領 会見

会見メモ

国賓として来日したフィリピンのアキノ大統領が会見し、記者の質問に答えた。
司会 土生修一 日本記者クラブ事務局長
同時通訳 西村好美、大野理恵(サイマル・インターナショナル)

会見詳録(文字起こし)英文


会見リポート

29年目の記者会見

鈴木 美勝 (時事通信解説委員)

国賓として来日したゲストの久々の登場に、記者会見場内の空気が熱い。冒頭発言の後、朴訥然とした大柄な大統領に次々と質問が飛んだ。記者の関心事は、やはり南シナ海で緊張感を高めている中国との関係だ。

 

粗暴な行動で周辺国に脅威を振りまく巨大国家中国に、海を挟んで対峙する隣国フィリピン。中国を戦前のナチスに例えた講演を取り上げて疑問を呈した新華社の記者に、アキノ大統領は、両親が礎となった民主国家の統治者としての誇りを全面に押し出す。「それなら、ひとつ、中国に問いかけたい」と切り出した上で、ズバリ答えた。「皆さんがフィリピンの立場であったとして、西側の海岸すべてが奪われ、東側だけを維持するようになった場合、「『ハイ、どうぞ』」「『半分の水域がなくなっても、よろしい』とおっしゃいますか」「どの国家もそれまでに合意した権利を主張しているのみです。お互いに(合意を)尊重する必要があります」

 

この答えには、父ベニグノ・アキノ・ジュニアの政治哲学が継承されている。「敵の権利を尊重する。真の和解は民主主義の中で進む」ものだ、と―。

 

1983年夏、マルコス独裁政権下、亡命先の米国から帰国した父はマニラ国際空港で暗殺された。2年半後、反独裁の民衆のうねりを体現するように大統領の座に押し上げられた母コラソン。86年11月、国賓として来日した母も、当クラブで記者会見に応じた。その時、色紙に書き残した言葉は「苦しみと悲しみの中で私は一人ではなかった。神の御加護に感謝します」。敬虔なカトリック教徒の思いが伝わってくる。

 

それから29年、アキノ3世が当クラブに贈った言葉―「人生の難しさは、頼りにできる友人が手を差し伸べてくれることによって解決する」。日本人としてグッと迫るものがある。


ゲスト / Guest

  • ベニグノ・アキノ / Benigno S. Aquino III

    フィリピン / Republic of the Philippines

    大統領 / President

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