2007年03月13日 00:00 〜 00:00
シモン・ペレス イスラエル イスラエル副首相

会見音声


会見リポート

傘寿過ぎても若々しく

傘寿をとうに過ぎてなお若々しい風貌に驚かされる。1948年のイスラエル独立から、まもなく60年。36歳でクネセトの議員になり、常に国家の中枢にいたペレス氏の歩みは、そのままイスラエルの歴史と重なる。中東全体を見渡しても、これほど長く政治の表舞台にいる人は珍しい。

 

94年にオスロ合意の立役者としてノーベル平和賞を受けた。パレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長、ラビン・イスラエル首相(ともに故人)も同時に受賞したが、PLOとの秘密交渉に当たった人々は、ラビン氏よりペレス氏の意を受けて動いた印象がある。

 

ラビン氏が対シリア和平に意欲を燃やした背景には、ペレス氏への対抗意識もあっただろう。私が留学していたヘブライ大学トルーマン研究所のモシェ・マオズ所長(当時)は、初代シリア駐在大使の有力候補の一人だった。そこまで政治的環境が熟していたのに、ラビン氏は95年にイスラエル人大学生に暗殺され、和平の動きもしぼむのである。

 

アラファト氏も04年に死去し、いまや存命の受賞者はペレス氏1人になった。今回は、日本の「平和と繁栄の回廊」構想に基づく「信頼醸成会議」に招かれての訪日。会見では、中東の現実として「政治、外交が重視され、経済への配慮が足りなかった」と持論を展開し、イスラエルとパレスチナ、ヨルダンの経済協力を促す日本の取り組みを評価した。

 

イランや北朝鮮の核開発も批判した。その舌鋒の鋭さにちょっと驚いた私は、当初の予定を変えて「では、お国の核兵器疑惑は?」と聞いたのだが、「イスラエルは最初の核使用国にはならない」という、お得意のレトリックから始まって煙に巻かれてしまったのは残念である。

 

毎日新聞論説委員 布施 広

 

日本記者クラブ会報2007年4月号3ページから引用)


ゲスト / Guest

  • シモン・ペレス / Shimon Peres

    イスラエル / State of Israel

    イスラエル副首相 / Deputy Prime Minister

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