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横森美奈子さん ファッションデザイナー/おしゃれは心地よく生きるため(井上 裕子(信濃毎日新聞社))2022年8月

 東京・六本木ヒルズ地下のカフェで、緊張しながら打ち合わせ相手の登場を待っていた。相手は、ファッションデザイナーの横森美奈子さん。かつて、DCブランドブーム時代に、「メルローズ」「ハーフムーン」などで活躍した。50代だった当時は、中高年女子のファッション指南役としても知られた人である。弊紙くらし面に連載をお願いしようと来たものの、ファッションにも、自分にも自信がなく、新人デスクだった私は、下手なことを言って断られたらどうしよう…。ガチガチに緊張していたことを覚えている。

 

引き出し開くのは記者の仕事 

 登場した横森さんは「信州にはルーツがあるの。だから引き受けようと思ったの」と話し出す。当初は「なんで信濃毎日?」と思ったそうだが、祖父母が長野県出身者で、縁があるとのこと。まずは一安心。そして、次に言われたのは「私は経験が長いのでファッションの引き出しはたくさんある。逆に普通の人が何に困っているのかが分からない。そこを整理して、私の引き出しを開くのがあなたの仕事」。

 そうだ、私が知ったかぶりをするべきではなく、読者のニーズを聞いて筆者に伝え、分かりやすく整理して記事にする。まさに、デスクの基本を、横森さんから教えられたのだった。

 読者の疑問に答えてもらうことをベースに始まった連載は、2003年から約7年半続いた。「おしゃれは他人に見せるためではなく、自分が心地よく生きるためのもの」「自分の気持ちを真っすぐに保つためにも、めげないためにも、そしてまた立ち直るためのひと押しになる」。心に残る言葉が原稿には詰まっていた。横森さんの原稿は、私に「しっかりしなさい」と背中を押し、「どう生きたいの?」と問いかけてくれた。おしゃれは自分らしく生きるためのエネルギーなのだ。

 担当を外れても、着物を着て歌舞伎に行ったり、長野で横森さん作のバッグ展示会を開催したり、と楽しい機会もあり、個人的におつきあいする日が増えた。2019年10月から東京支社勤務になり、頻繁に会えるかなと思っていたのだが…。

 

治療中、ウイッグも小粋に 

 コロナ禍で、横森さんとも会えないなあと思っていたところ、20年11月、突然Facebookで知ったのは、乳がん手術を受けて、治療中だということだった。しかも、BC Daysと題して、発見、治療、副作用、食事など、経験したことを細かく記録。気になる脱毛の話も、ベリーショートも、バリカンで〝剃髪〟も、何種類ものウイッグも、ユーモラスかつおしゃれな写真とともに伝えていた。

 もちろん、コロナ禍の不安もあり、情緒不安定な時もあったという。しかし、読んでいる側がはっと驚くような写真と記事が伝えたのは、治療中でもおしゃれは「自分が心地よく生きるためのもの」というメッセージだった。

 最近、長野県のルーツが詳しく分かった、と横森さんから連絡があった。家の整理をしていたら、祖父のことを書いた、昭和初期の新聞記事がたくさん見つかったという。南佐久郡の出身で、東大に進んでから医師として東京で活躍。郷土愛が深く、地元に吉野桜100本を寄付した、とする記事もあった。

 私の今の仕事はデジタル部門なのだが、あらためて紙の新聞のパワーはすごいと思った。いつか、人生の師匠である横森さんと、その桜を探しに行ってみたいと思っている。

(いのうえ・ひろこ 1986年入社 現在 取締役メディア局長)

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