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7年越しの小説(毎日新聞社 伊藤智永)2018年2月

古里ではない福島の、放射線量が高い山寺に20代の男女が移り住む。作家、玄侑宗久さんの最新作『竹林精舎』(朝日新聞出版)は、そんな若者たちの物語である。取材団は2日目、桜で名高い三春町の福聚寺に玄侑住職をお訪ねした。

 

7年越しの書き下ろしを仕上げて「やっと吹っ切れた」と言う。原発被災地には、放射性物質のほかに人の世の煩わしさが多く降りかかった。科学不信、偏向報道、無思慮な風評、政治の不決断、官僚の頑迷。

 

議論ではなく、ともあれ行動しなければならない人たちには、放射線よりも遠巻きにする人間たちとの戦いの方が息苦しく、困難だったのかもしれない。現地の人々の語りがたさを、作家は小説にした。

 

何度も書き直した末の作品は、戻らない、戻れない人もいれば、福島で新たに出発する若者もいるという話になった。「震災について書くのは、これで一区切りにしたい」。玄侑さんの言葉に、苦い諦念と静かな決意が聞き取れた。

 

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