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3・11から3年:風化させない決意2014(2014年3月) の記事一覧に戻る

1年生記者が得た出会い(毎日新聞社 近藤綾加)2014年3月

2011年3月11日、私は仙台市から約700キロ離れた岐阜市内で、船の上にいるかのように静かに続く揺れを感じた。しかし、その後も変わらない日常の中では「浜辺に遺体200体」「犠牲者1万人超え」の情報に、驚きはあっても現実味はなかった。

 

震災から10カ月後に入社し、すぐに宮城県山元町の海岸で県警による行方不明者捜索を取材した。それまでに捜索は何度も行われ、震災から1年に満たないこの時ですら、記事の新鮮味は失われてきていた。行方不明者が見つかる可能性は低く、それでも捜索する意味、繰り返し伝える意味を考えるとむなしさも感じたが、この取材で出会った1組の夫婦が私の気持ちを変える。夫婦は一人娘(当時27歳)が行方不明で、祈るように捜索を見守っていた。「会いたい。27年間、一緒にいたのに。今日もまた会いたくて仕方ない」。日を追うごとに落ち着きを取り戻す被災地では、日を追うごとに亡き家族への思いを募らせる人がいることを思い知らされた。

 

私はその後、何度も行方不明者捜索の記事を書いてきた。これからも書き続け、愛する人の帰りを待ちわびる家族の日々が続いていることを伝えていきたい。きたる災害で同じ悲しみを生まない社会につなげるために。

 

(こんどう・あやか 仙台支局)

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