ベテランジャーナリストによるエッセー、日本記者クラブ主催の取材団報告などを掲載しています。


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小さなキーホルダー(西井 淳)2017年2月

葛尾村での会見の前、村長さんが記者一人ひとりにゆるキャラのキーホルダーを配って回った。村のイメージキャラクター「しみちゃん」だという。

 

受け取りながら、少々切ない気持ちになった。昨年6月の避難指示解除以降、村に戻ったのは118人、8・8%にとどまる。小中学校の再開は来春以降に先送りされることになった。保護者と話し合いを進めてきたが、「環境整備が不十分」との声が強かったそうだ。農業の担い手の帰村も進まない。現実はとても厳しい。けれど、立ち止まるわけにはいかない。小さなキーホルダーに、そんな思いが透けて見えた。

 

今回訪問した自治体は皆、あえいでいた。「このままでは町が消えてしまう。町おこしならぬ、町残しこそが大命題だ」。そう訴えた町長さんもいた。汚れた町は元に戻りつつある。巨額の復興予算が投じられて、さまざまな施設ができていた。

 

ただ、人の気持ちを元に戻すのは難しい。「スーパーの特価品として並んでいるのが県産米」。風評被害は依然続いている。明確な処方箋をつづれぬ課題が次から次へと積み上がるさまを、ほんのわずかだが、確認した。

 

(読売新聞東京本社論説委員)

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