ベテランジャーナリストによるエッセー、日本記者クラブ主催の取材団報告などを掲載しています。


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元自民党税調小委員長・山下元利さん 別れとなったホットウイスキー(谷 定文)2014年7月

山下元利さんは、記者に人気のある政治家だった。多くの記者が東京・南青山の私邸に押し掛け、前半が経済部、後半は政治部と2部制の夜回り懇談となった時期があったほどだ。


亡くなって20年。この欄に一度も、取り上げられなかったのが不思議だ。政治家としての全人格ではなく、自民党税制調査会小委員長としての一側面しか知らない経済畑の私は適任ではないかもしれないが、薄れゆく記憶を基に懐かしい時代を振り返ってみたい。


初めてお会いしたのは、1984年だった。当時の中曽根政権は87年度に予定する「シャウプ以来の税制抜本改革」で、直間比率の是正を目指していた。後に売上税の頓挫を経て消費税が導入される前夜、大型間接税論議が紙面をにぎわせていた時代だ。記者も熱かった。


私邸での話題は、取材案件に限らなかった。前のめりの記者をかわす意味もあったのだろう。山下さんの話は時に、京都一中を中退し都内の毎日新聞販売店に住み込んで専検(旧制高校入学資格検定)の合格を目指していたころの思い出などに飛んだ。


ある晩、それまでの流れと脈絡なく、大蔵省から出向して鳩山一郎首相の秘書官を務めていた昔話になった。「番記者の方とよくオイチョカブをやりましたなぁ。あの手の遊びには格言があってね。サン(3)・サン(3)・ロッポウ(6)見ずに引けですよ」


これには悩んだ。ハチ(8)・ハチ(8)・ロッポウ(6)が見ずに引けであって、サン・サン・ロッポウは引くべからず、ではないか。取って付けたように話題を変え、わざと言い間違いをしたとしか思えなかった。


結局、弊社を含め何社かの記者がエイヤとばかり、翌日の朝刊用に「3300億円台の増税」と打った。もちろん増税規模に当たりが付いていたからだが、記者として褒められた態度ではない。翌日発表された数字は、四捨五入すると3360億円だったが。


反応できなかったこともあった。翌年度の税制改正が既に決定されてから訪ねた年の瀬、何年も前にタバコをやめた山下さんが突然、「谷くん、1本ください」とハイライトに手を伸ばして一服した途端、「こんなまずいもの、よく吸えるな」と灰皿に押し付けた。見えない電話先の相手に何度も頭を下げる人にしては、ずいぶんな振る舞いだと感じたが、そのままにした。


翌日、政府・自民党は、いったん閉じた税調を再開して、タバコ増税を発表する異例の展開となった。特ダネは気付かないうちに、目の前を通り過ぎていくものだと思い知った。


もみ手のガンちゃんと言われた温和な山下さんを、一度だけ怒らせたことがある。竹下登氏が経世会を旗揚げした後、酒の勢いと若気の至りで「いつまでも田中(角栄)先生に義理立てしていては、政治家として大成できないのではないか」と口を滑らしたのだ。これには大きな目をむき、低い声で「それは違う」。この一言だけで、黙りこんだ。


将来を嘱望されたわりに、閣僚経験は防衛庁長官だけだったから、恵まれた政治キャリアとは言えないかもしれない。しかし、多くの人の記憶に残る政治家だったのではないか。


最後にお会いしたのは、亡くなる1年ほど前の冬だった。平河町の事務所を昼すぎに訪ねた私に「きょうは寒いですな。ホットウイスキーにしましょうか」と、相好を崩した顔が忘れられない。


(たに・さだふみ 時事通信社常務取締役)

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