ベテランジャーナリストによるエッセー、日本記者クラブ主催の取材団報告などを掲載しています。


第7回(カンボジア、タイ、ラオス)回廊が結ぶメコン流域圏(2008年2月) の記事一覧に戻る

朝のメコン川で(永持 裕紀)2008年2月

  バンコク、プノンペン、ビエンチャン。インドシナの三つの首都を巡った日本記者クラブ第7回アジア取材団だった。マネー経済の浸透とグローバル化とが相まって促していく経済や社会の発展。その様々な段階を早送りで見せてくれた「三都物語」だったと思う。

  個人的に最も関心があったのは、発展が緒についたばかりのビエンチャンだった。冷戦時代にはケネディ大統領に送り込まれたグリーンベレーが山岳地帯で戦った。その後も鎖国状態が長く続いたため「アジアの桃源郷」とも呼ばれ、いまや世界で5カ国だけ残った社会主義国の一国。1960年代初め、当時国会議員だった辻政信氏が忽然と姿を消したとされる地でもある。旧日本陸軍の参謀だったこの人は、多くの戦死者が出たノモンハン事件やガダルカナル戦に責任を持ちながら戦後も生き延び、ラオスに残っていた残留日本兵に戦友の恨みを込めて殺害されたという見方もある。様々な歴史が刻みつけられたビエンチャンで見るメコン川は果たしてどんな流れかと到着前から想像をかき立てられていた。

  ビエンチャンに二泊。二度迎えた朝のいずれも、川のほとりを散歩してみた。乾期だったため、滔々と流れる風情には乏しかったが、バンコクから到着すると清浄な空気のありがたみがよく分かる。質素なトレーニングウエアで堤防を走っている中年女性がいる。対岸はタイの緑の森林だ。なんとぜいたくなジョギングコースだろうと思っていたら、大音響のダンス音楽が聞こえてきた。

  20人ばかりの女性(やはり30歳以上に見えた)によるエアロビクスだった。中心に立って動くレオタード姿の先生に合わせて、みな楽しそうに全身を動かしている。少し歩くと社交ダンスの一団が現れ、さらにルンバ風のダンスを踊るグループも目にした。ビエンチャンの人々にとって、早朝のメコン川のほとりは気持ちよく汗を流すエクササイズの場になっているらしい。

  もうひとつ目についたのは、欧米からだろうか白人旅行客が川沿いのカフェで、ぼうっと川の流れを見ている様子だ。朝からビールを手にしている人もいた。

 ラオスで意外だったのは、この白人観光客の多さだった。高齢の夫婦連れもいればバックパック姿の若者たちもいる。川の近くで「日本風カレー」を出す食堂を営む日本人のサカノさんによれば「今年に入って急に目についた」とのこと。ニューヨーク・タイムズ紙が昨年、「訪れてみたい世界の観光地」のトップにラオスを選んだことが影響しているようだ、という。同紙はラオスを「最後の秘境」と紹介し
た。

 ただ、夜のメコン川の近くにはなにやらあやしげなピンクやオレンジ色のネオンが咲き誇っていた。メタボなルックス、欲望をぎらぎら満開にさせた表情の男性の膝に長い髪の現地女性(おそらく)が座って、楽しげに酒を飲んでいるカフェテラスを通りから目にした時には、「なんだかなあ」と感じた。朝とは種類の違うダンス音楽を耳にしながら通りを歩き続けていると、今度はオートバイに乗った全身黒ずくめの女性から「ハーイ」と声をかけられた。「おいおい」という思い。かれこれ10年前、ベトナムのホーチミンあたりで出くわした光景とおんなじじゃないか。(たぶん)売春狙いの彼女たちは「ナイトホークス」と呼ばれていたっけ。夜鷹ですね。

 米ドルや強いユーロ、あるいは円を手にするお客さま相手のこの手の商売は、世界最大の社会主義国の中国ではもっとはびこっている。メコンのほとりではできれば出会いたくなかった、というのは「秘境」に、勝手に幻想を持っていた者のぼやきなのかもしれない。けれどカレー食堂のサカノさんは気になることも口にした。「外国人客の流入につれて、物乞いする人の姿も急に増えましたねえ…」。元々は援助の仕事をしていた彼は、5年前にラオスに来たという。

  「社会主義国は平等で貧富の差などないはず、物乞いもいないはず」という建前はやはり先輩社会主義国の中国が完全に崩壊させてしまった。それにしても「発展」とは、まるでローラーをかけたように、世界中を似たような情景に変えてしまうものなのだろうか。

 豊かさってなんだろう。この取材ツアーで改めて考えさせられたことだった。たとえば私はプノンペンの夜風の気持ちよさが忘れられない。夕食の後、「二次会」と称して有志の皆さんと市街地の潮州料理店で焼きそばや豚足などをつまんだ。その後トゥクトゥク(三輪タクシー)の荷台に男6人が乗り込んだ。ゆっくりと走るトゥクトゥク。「アンコールビール」がほどよくまわった頬に風が当たると、なんだかずいぶん長い間忘れていた感覚を呼び起こされた気がした。「豊かな」思いがしたのだった。

  ビエンチャンと比べものにならないほどの物乞いに出会うプノンペン。かの地の人々には、風が豊かだって?と、一笑に付されてしまうかもしれない。物質的な豊かさをすでに十分すぎるほど手にした日本人のたわごとに聞こえるだろうなあと、私も思う。けれど最近、発展したはずの上海や北京で暮らす中国の友人たちの言葉から、以前にはあまり聞かなかった不満、発展に伴うストレスや「競争し続けることの辛さ」を私は感じ取ってしまうのだ。豊かさになるとは一体どういうことなのだろうと、どうしても考えてしまうのはそのせいに違いない。

  メコン川流域をまた改めてじっくりと訪ねてみたい。何年か後に再訪したとき、ビエンチャンのメコンのほとりで朝を過ごす人々の表情が、できれば穏やかなままでいてほしいと願う。

前へ 2019年11月 次へ
27
28
29
30
31
2
3
4
5
6
9
10
16
17
19
23
24
25
26
29
30
ページのTOPへ