2019年10月08日 15:00 〜 16:00 9階会見場
ウェイウェイ・ヌー・ミャンマー人権活動家 会見

会見メモ

ラカイン州出身のロヒンギャ。父親が民主主義活動家だったことを理由に、18歳から2012年に釈放されるまでの7年間を刑務所で過ごした。「幼いころから憧れのヒーローだったアウンサンスーチー氏はいま、持てる権力を正しく使っていない」「日本政府はロヒンギャ問題をミャンマー国内の問題だとしているが、ジェノサイドは国際問題。ミャンマー政府を支援する日本は中立とは言えない」。日本の政府や企業に対し、現地の市民社会団体やNGOなどを直接支援してほしいと訴えた。

司会 杉田弘毅 日本記者クラブ企画委員(共同通信)

通訳 池田薫(サイマル・インターナショナル)

国連人権高等弁務官事務所ウェブサイト

一般社団法人Earth Companyウェブサイト


会見リポート

「民主化」から排除されたロヒンギャの苦境

平田 篤央 (朝日新聞社論説委員)

 穏やかな表情とは裏腹に、切れ味鋭い言葉でロヒンギャの置かれている厳しい状況を訴えた。

 2005年、18歳のときに突然逮捕された。「父親が政治家でアウンサンスーチーと議会で一緒にいた」。それだけの理由で懲役17年を言い渡されたのだという。

 そのアウンサンスーチー氏が自宅軟禁を解かれ、選挙で議員となった2012年に、ウェイウェイ・ヌーさんは恩赦で刑務所から解放された。国際社会はミャンマーが民主化に向かうと歓迎した。

 しかし、少数民族ロヒンギャであるウェイウェイ・ヌーさんの目に映ったのは、むしろ民主化の後退だった。ロヒンギャは2015年の総選挙からは立候補も投票も認められなくなったという。

 そして2017年、ミャンマー国軍はロヒンギャの多く住む西部ラカイン州で武装勢力の掃討作戦として村を焼き打ちするなどした。70万人以上が隣国バングラデシュに逃れた。国連は「ジェノサイド」とまで言及した。

 このときのアウンサンスーチー氏の対応には、多くの日本人が戸惑ったのではないか。人権と民主主義のために闘ってきたはずのアウンサンスーチー氏が、ロヒンギャに対して冷淡で、国軍を擁護する姿勢さえ見せたのである。

 いま国家顧問という地位にあるアウンサンスーチー氏について問われたウェイウェイ・ヌーさんは「私にとっても英雄であり彼女に触発された」と振り返った。だが「時の流れとともに人は変わる。いま彼女には権力があり、できることがあるのにそれをしていない」と批判した。

 ラカイン州では少数民族の隔離政策や多数派による入植が継続的に進められていると指摘する。日本の資金援助はこうした政策にも利用され、「時には民族浄化に手を貸すことにもなる」と主張し、援助の在り方に再考を求めた。

 また、市民権を与えないなどロヒンギャへの人権侵害について、「日本政府は内政不干渉を理由に目を背けないでほしい」と訴えた。


ゲスト / Guest

  • ウェイウェイ・ヌー / Wai Wai Nu

    ミャンマー / Myanmar

    人権活動家 / activist

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