2019年01月18日 16:00 〜 16:45 10階ホール
「平成とは何だったのか」(16) 王貞治・福岡ソフトバンクホークス会長

会見メモ

司会 宮内正英 日本記者クラブ企画委員(スポーツニッポン新聞社)

会見詳録


会見リポート

「変化ではなく進化」世界の王が見た平成野球

山本大地  (日刊スポーツ新聞西日本報道部西部編集チーム)

 現在はソフトバンクで球団会長を務める王貞治氏の「野球が好き」という思いが、言葉の中にちりばめられていた。平成の野球を振り返り、また野球界の未来を話す姿は本当に楽しそうに見えた。

 王会長にとって平成の野球はダイエー監督に就任し、指揮を執り始めた1995年から始まる。今では考えられないが、当時は万年Bクラスのチーム。翌年には監督や選手が乗ったバスにファンから生卵をぶつけられる事件もあった。「真っ正面から受け止めなきゃいけない」。王会長の野球に真摯に向き合う姿勢がチームを変え、99年のリーグ優勝、日本一につながった。

 熱を帯びたのは2000年の日本シリーズ、長嶋茂雄監督率いる巨人と戦った「ON対決」を振り返った時だった。王会長は「2000年という区切りの年に、神様も味なことをやるなと。長嶋さんとの初めてで、結果的には最後の戦いだったんですけど。私にとっても特別な年だなと、今になっても思います」。懐かしそうに、うれしそうに話した。

 平成と同い年で今年31歳になる私は、王会長や長嶋氏の現役時代も知らなければ、監督として活躍していた頃も、その存在の大きさを正しく認識していたわけではない。失礼を承知で書くと、ヤフオクドームでお会いする王会長は「野球が好きな優しいおじいさん」という印象だ。この会見で王会長の言葉の熱量に、当時の空気を知らない私も心を奪われた。「ONシリーズ」を取材できた先輩方はどんなに心躍ったのだろうか。想像をかき立てられた。

 王会長は現在の野球について「あの当時は幼稚な野球だった。今考えればね。変化というか、進化していますよね」と語った。世界に残る記録を持った偉人からなかなか聞ける言葉ではない。95年の野茂英雄氏を皮切りに大リーグに挑む日本人も増え、日本球界は前に進んでいる。その裏に、野球を愛してやまない先人たちの支えがあることを強く再認識できた。


ゲスト / Guest

  • 王貞治 / Sahadaru Oh

    福岡ソフトバンクホークス会長

研究テーマ:平成とは何だったのか

研究会回数:16

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