2018年05月22日 14:45 〜 15:45 10階ホール
日大アメフト部のタックル問題に関する会見

会見メモ

5月6日に行なわれたアメリカンフットボールの日大対関学大戦で、反則行為によって関学大チームのクォーターバック(QB)を負傷させた日大の選手が会見した。ケガを負わせた選手ならびに関学大への謝罪を述べた後、事実関係と経緯について説明し、記者の質問に答えた。

 

司会 宮内正英 日本記者クラブ企画委員(スポーツニッポン新聞社)


会見リポート

誰も責めず誠実に  特例で弁護士同席

篠原 大輔 (朝日新聞社バーティカルメディア編集長)

 記者会見の前日、彼自身が出てくると知って驚いた。

 発端は5月6日、アメリカンフットボールの日本大―関西学院大の第51回定期戦。関学の最初の攻撃シリーズで、日大のDL(守備ライン)宮川泰介選手が3度の反則を犯し、資格没収(退場)の処分を受けた。同日の夜にはネット上に最初の反則シーンの動画が出回る。関学のQB(クオーターバック)がパスを投げてから2秒後、無防備なQBの背後から宮川選手がタックル。QBの体が「く」の字に曲がり、全治3週間のけがを負った。誰が見ても、あまりにも危険なシーン。メディアが続々と取り上げ、日大側の遅すぎる対応も相まって社会問題化した。

 そして5月22日、宮川選手が自らの希望で日本記者クラブにやってきた。20歳になったばかりの若者が実名と素顔をさらして語る。異例の記者会見は「顔を出さない謝罪はない」という本人サイドの思いから実現した。日本記者クラブでは弁護士の同席を認めてこなかったが、今回は会見者が20歳の学生であること、今後の責任問題などを考慮。特例で2人の代理人の同席を認めた。

 宮川選手は大きな体を黒のスーツに包み、358人もの報道陣の前に立った。冒頭で謝罪の言葉を述べ、約15秒間頭を下げた。その後、陳述書を読み上げる形で問題の経緯を説明したあと、質疑に応じた。最初の危険な反則タックルは内田正人前監督と井上奨コーチの指示だったと明言。「最初のプレーで相手のQBをつぶしてこい」との指示について、「けがをさせろという意味だと認識していました」と語った。監督やコーチの責任問題については「自分が言う立場にはないです」と話し、「自分にはフットボールを続ける権利はありません。続けるつもりもありません」と言った。

 私はある光景を思い出しながら、彼の言葉をかみしめた。

 5月6日、私は定期戦の現場にいた。いつものようにフィールドに降りてプレー写真を撮り、試合の状況をメモしていた。宮川選手が退場になってベンチに戻ったとき、コーチやチームメートがねぎらうように彼のヘルメットや背中に触れたことに、大きな違和感を持った。なぜ誰も彼を怒らないのだろうか、と。

 彼は負傷者用のテントの中に入った。どんな様子なのか気になり、テントの裏に近づいた。彼は泣いていた。号泣だった。再びプレーの写真を撮りに戻ると、テントの入り口から、彼の丸まった背中がのぞいていた。私は本能的にシャッターを切った。彼は第二の被害者なんじゃないか。そんな思いを強く持った。

 宮川選手の最初の反則は、アメフトを冒瀆するものだ。だが誠実に語って会見場を後にする彼の背中を見ながら、セカンドチャンスが訪れるのを願わずにはいられなかった。


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