2014年12月03日 13:00 〜 14:30 10階ホール 
志摩篤さん 元陸上幕僚長「戦後70年 語る・問う」⑦

会見メモ

元陸上幕僚長の志摩篤氏が「60年安保の前夜」と題して話した。

 

司会 勝股秀通 日本記者クラブ企画委員(読売新聞社)


会見リポート

60年安保 その時自衛隊は

勝股 秀通 (企画委員 読売新聞東京本社調査研究本部主任研究員)

「アンポハンターイ」が子どもたちの間でも、はやり言葉となった1960年。1期生として防衛大学校を卒業した志摩氏は、首都を警備区域に持つ東京・練馬の陸上自衛隊第1連隊に配属された直後に、安保改定阻止闘争に遭遇する。日本を「防共」の砦としたい米国と、日米を分断しようとする中ソの思惑とのせめぎ合いでもあった闘争は6月、一気にヒートアップする。国会周辺では連日、20万人を超す全学連などのデモ隊が警官隊と衝突。女子大生が命を落とす流血の事態に、政治は自衛隊の出動を視野に入れ始めていた。

 

第1連隊には外出禁止令が出され、いつでも持ち出せるよう小銃などの弾をきちんと仕分けし、機関銃も毛布でくるみトラックの荷台の下に隠し入れたという。「6月15日ごろだったと思う」と記憶をたどりながら、治安出動の準備命令が下った時のことを振り返った。

 

「命令の文言は思い出せないが、ただ1つはっきりと覚えていることは、師団幹部が読み上げる命令を聞いているだけで足が震えた」

 

ブラウン管を通して、激しい闘争を見続けてきた隊員たちの間には、デモ隊に対する怒りの声が渦巻いていた。しかし、治安出動の訓練などやったことがない。「警告射撃はどう撃つのか。催涙弾もない。いまでも出動した場面を想像するだけで、背筋がゾッとする」と語り、「出動しなかったからこそ、いまの自衛隊がある」と言葉をつないだ。

 

「国民の支持と覚悟がなければ、自衛隊は動けない」と言い切る。2004年のイラク派遣。犠牲を覚悟して出動できたのは、部隊を送り出す旭川市民の「頑張ってきてくれ」という言葉があったからだと力を込めた。その言葉には、国民とともに歩んできたという自負と重みを感じた。迫真の証言の連続。衆院選の公示直後で、会見場に若い記者の姿が少なかったことが惜しまれた。


ゲスト / Guest

  • 志摩篤 / Atsushi Shima

    日本 / Japan

    元陸上幕僚長 / former Chief of Staff, Japan Ground Self Defense Force

研究テーマ:戦後70年 語る・問う

研究会回数:8

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