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特定帰還居住区域/除染範囲巡り国と温度差/住民帰還へ残る多くの〝壁〟(渡部 総一郎 福島民報社編集局次長兼報道部長)2026年3月

 「特定帰還居住区域」。ピンとくる人は少ないだろう。東京電力福島第1原発事故発生から15年の今なお、福島県沿岸部などには被ばく線量が高く居住できない「帰還困難区域」がある。その中で、帰還を望む住民の自宅敷地周辺を除染し、暮らせるようにするエリアのことだ。2023年、改正福島復興再生特措法に基づき創設された。

 福島第1原発5、6号機が立地する双葉町では昨年11月、特定帰還居住区域とした3行政区の一部について除染が進んだとして住宅への立ち入り規制が緩和された。町は2026年度の避難指示解除を目指している。住民帰還に向けた重要な一歩であるのは確かだ。しかし、事故前のような生活を取り戻すには、まだ多くの壁が立ちはだかる。

 

「農地もセットで除染を」

 特定区域は、地元市町村などが対象の住民に意向調査を実施。帰還意向がある住民の生活圏など除染範囲を定めた「復興再生計画」を策定し、国の認定を経て除染や家屋解体が国費で行われる。現在、双葉町のほか大熊、浪江、富岡、南相馬、葛尾の6市町村に設定されている。面積は合わせて約23平方㌔㍍で、品川区とほぼ同じだ。区域拡大を検討するとしている自治体もあり、さらに増える見通しだ。政府は「2020年代に希望者全員が帰還できるようにする」との方針を掲げている。

 立ち入り規制が緩和された双葉町下長塚行政区の区長を務める福田猛雄さん(72)は事故後、40㌔ほど離れた相馬市に暮らす。「自由に家まで戻れるようになってよかった。除染作業などはまだ続いているが、1週間に1回ほどは戻って様子を見ている」と、避難指示が解除される日を一日千秋の思いで待つ。

 しかし、希望した全員が帰還するとは限らない。生活再建のための不安要素がなくなったわけではないからだ。

 一つは除染対象となる「生活圏」の認識を巡る国と地元の格差だ。双葉町の伊沢史朗町長は昨年、特定帰還居住区域を視察に訪れた高市早苗首相に対し、農地が除染対象に十分含まれていないのを前提に「町民の多くは農地を持っている。農地もセットで除染しなければ町民は帰れない」と訴えた。農地は生業の基盤であり、生きがいの場でもある。高市首相は「知恵を絞る」と応じたが、具体策はまだみえていない。

 

周囲の森林は帰還困難区域

 もう一つは、安全・安心への不安だ。除染するのは宅地や周辺の道路などで、その範囲を超えれば高線量のままの帰還困難区域だ。住民の1人は「仮に戻ったとしても、安心して子どもや孫を家に呼ぶことはできないだろう」とため息をつく。「除染範囲を広げるとともに、どこがどれくらいの線量なのか分かるようなマップを提示してもらいたい」と求める。

 この問題は、帰還困難区域が設定されている限り根本的解決は難しい。地元は区域の多くを占める森林の除染を求めているが、国は日常的に人が立ち入る場所など以外は手をつけていない。地表の落ち葉などの堆積物を除去すれば山の治水機能が低下し、土砂崩れなどを引き起こす可能性が高まるとの理由だ。

 国は「長い年月を要するとしても、将来的に帰還困難区域の全てを避難指示解除し、復興・再生に責任を持って取り組む」とするが、解除に向けたロードマップは示していない。事故から15年は被災者にとってすでに「長い年月」だ。一日でも早い全面解除へ、国にはより踏み込んだ対応を求めたい。

 

わたなべ・そういちろう▼1995年入社 浪江支局長 報道部副部長 会津若松支社報道部長などを経て 2025年4月から現職

 

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