取材ノート
ベテランジャーナリストによるエッセー、日本記者クラブ主催の取材団報告などを掲載しています。
真山仁さん 小説家/作品中の記者は誰なのか(大竹 直樹)2025年4月
企業買収の世界を描いた『ハゲタカ』や特捜検事・冨永真一シリーズで知られる真山仁さんの小説には、新聞記者がよく登場する。
門前仲町のジオラマ記者
利権を巡る闇に鋭く切り込み、特ダネをものにする―。私とは似ても似つかぬエース記者ばかりだが、小説『当確師 正義の御旗』に登場する東西新聞社の佐々木恭平記者は異色の存在だ。東京・門前仲町の1LDKのマンションに暮らし、リビングに作った鉄道模型(Nゲージ)のジオラマが自慢の検察担当記者(通称・P担)。くしくも、私もかつて門前仲町に住み、自宅にNゲージのジオラマを所有するP担だった。どうしてもジオラマを処分しなければならなくなり、途方に暮れていたところ、嫌な顔一つせず引き取ってくださり、執筆部屋に置いてくれたのが真山さんだった。
真山さんが小説家を意識しだしたのは小学6年生の頃。英国の作家、ブライアン・フリーマントルや山崎豊子ら好きな作家が「記者上がり」だったため、まず新聞記者になることを目指したという。
大学卒業後、中部読売新聞(現・読売新聞中部支社)に入社。初任地の岐阜支局で「夜討ち朝駆け」に明け暮れる。岐阜弁を覚えるとすぐ頭角を現し、警察幹部から特ダネを引き出すことに成功。地検の三席検事の部屋にも入り浸っていたという筋金入りの事件記者だった。
ただ、些細な記事内容で勝敗が決まる競争原理に嫌気がさし、2年半で新聞社を辞すとフリーライターに転身。「記者を続けていれば現実に安住し、小説家になる夢を捨てなければいけない」との危機感もあったという。歌舞伎やミュージカルなどの広告記事を執筆する傍ら、難しい金融工学の解説書のゴーストライターも務めた。
40歳になり、ライターとして限界を感じ始めていた頃、「香住究」のペンネームで書いた共著『連鎖破綻 ダブルギアリング』がヒット作に。そうして2004年に『ハゲタカ』が世に出た。記者時代の経験を生かし、徹底した取材で得た事実の上に虚構を紡いだことで、迫真性に富むストーリーが生まれたのだと思う。
意見求められ生意気にも
真山さんとの出会いは、2016年7月から産経新聞に掲載された連載小説『標的』。私が当時、P担だったことから、意見を求められたのがきっかけだった。今にして思えば、社会派小説の名手を前に「このシーンは現実ではあり得ない」などと随分と生意気なことも申し上げたが、爾来、何かと気にかけてくださるようになった。ある政界関係者の取材に同行した際、取材対象者の胸襟はこう開くのかとほとほと感じ入った。「人たらし」という天賦の才能を備え持っているのだろう。
真山さんの座右の銘の一つに「正しいを疑う」がある。いわく、違和感を抱いたら見過ごさず、納得するまで質問を続ける。アイラウイスキーのグラスを傾けながら「多角的な視点を持つのは、自分としては受け入れがたいような価値観や正義を持った人がいることを知るためでもある」と語っていた。冷静な分析力と論理的思考には敬服するばかりである。私が数年前、進退に窮したときも進むべき道を示してくださった。
鉄道模型が趣味の佐々木記者はさておき、小説に登場するエース記者たちは、新聞社を辞めなかった〝世界線〟の「ジャーナリスト・真山仁」の姿なのではないかと、ひそかに思っている。
(おおたけ・なおき 2004年8月産経新聞社入社 現在 東京本社編集局那覇支局長)