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奥村宏さん 経済評論家/「会社を人として扱うな」(加藤 裕則)2023年10月

 「『法人資本主義』は奥村先生の独自の言葉だよ」「ノーベル賞に匹敵するという評価もあった」

 2019年3月22日、大阪・堂島の老舗レストランで「奥村宏さんをしのぶ会」があった。参加した大学の教員仲間ら約20人は、洋食をつまみながら、1年半前に亡くなった奥村宏さんの思い出を語り合った。

 経済評論家として著名な奥村宏さんが亡くなったのは17年8月、大阪府にある自宅近くの病院に入院していた。87歳だった。

 1930年に岡山県で生まれ、53年に岡山大学法文学部を卒業。産経新聞社に入社し、9年間、大阪で新聞記者として証券取引所や関西の企業を主に取材した。その後、研究者に転じた。62年から84年まで、証券業界がつくった大阪証券経済研究所で日本の大企業の株式の所有構造をつまびらかにした。84年に龍谷大学経済学部教授、94年から01年まで中央大学商学部教授を務めた。

 

株主総会の形骸化を指摘

 私が奥村さんの本と出会ったのは、99年のころだ。この年の春に朝日新聞浦和支局から東京本社経済部員になり、たまたま手にしたのが、岩波新書の『株主総会』だった。本来ならば会社という組織の最高の意思決定機関である株主総会がいかに形骸化しているのかを解き明かした本だ。その根本にあるのが、会社が株式を持ち合う日本企業の慣習で、日本の経営者がもたれ合っている構図だった。

 その後、私は地方総局を経て、07年春に朝日新聞大阪本社経済部員になった。

 コーポレート・ガバナンスを学ぶいい機会だと考え、積極的に奥村さんからコメントをもらった。電話でもいいのだが、何度か自宅に出向いた。

 「会社というのは寝なくていい。食べなくてもいい。法人というけど、人として扱ってはいけない」

 奥村さんから何度も聞いた言葉だ。会社という法人、感情もない。なので、ときとして、環境を破壊し、人権を侵害し、過労死も引き起こす危ない存在だと。

 

怪獣はコントロールが必要

 奥村さんは、著書の中で、株式会社を旧約聖書に出てくる怪獣とされるリヴァイアサンにたとえた。リヴァイアサンは、イングランドの政治学者、トマス・ホッブズの著書の題名にされて有名だ。この中でホッブズはリヴァイアサンを国家にたとえた。奥村さんは、もっとも身近な会社にたとえ、人間が生みだした怪獣が人間を支配する恐ろしさを説いた。

 戦後の日本を「法人資本主義」としてとらえ、会社本位の社会になっていることを嘆いた。「会社のくらいが人のくらいになっている」と企業優先の社会を批判した。大切なのは、あくまで個人としての人間だと訴え、この怪獣をコントロールする必要性を求めた。そのためか、「もっと会社というものを研究しないといけない」が口癖で、名刺の肩書は「会社学研究家」だった。

 マスコミ出身なだけに、新聞記者に厳しかった。大企業の広報部に新聞記者がコントロールされていることを嘆き、「新聞記者は、全員がフリーになるべきだ。新聞社に記事を買ってもらうんだ。そうすればみな本気になる」と言われた。

 経済界にもマスコミにも歯に衣着せぬ評論家として活躍したが、「これまで何度も間違ってきた。そのたびに自分の考えを改めてきた」と謙虚な面もあった。

 私は11年春に東京に異動して以来、会う機会がないまま、訃報に接した。この10年間で日本の企業社会は大きく変わった。各企業、SDGsやサステナビリティを目標に掲げる。こんど会ったら、この辺についてコメントをもらいたかった。

 

 (かとう・ひろのり 1989年朝日新聞入社 静岡支局 浦和支局などを経て 現在 東京本社経済部)

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