ベテランジャーナリストによるエッセー、日本記者クラブ主催の取材団報告などを掲載しています。


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村木厚子さん 元厚生労働省事務次官/「あきらめない」心をたっぷりと(飯田 裕美子)2022年6月

 直接取材させていただいたのは、村木さんが内閣府の政策統括官として、待機児童ゼロや幼保一体化などを進める「子ども・子育て新システム」で奔走されていた2010年から12年ごろのことだ。消費税の値上げ分を子どものために引っ張ってきて、利害関係の複雑な分野に効果的な新制度をつくるのが、どれだけ大変なことか。霞が関や永田町、多くの関係者を朝も夜も回り根気強く説明する姿に、何て体力のある方なんだろうと感心したのを覚えている。刑事事件での無罪が確定し、失われた時間を取り戻そうとされているのかなあとも想像した。

 取材も印象的だったが、大きく影響を受けたのは、私が総務局人事グループに異動してからだ。女性記者が増える中で、夜討ち朝駆けの長時間勤務や転勤は相変わらず。どう働き続けたらいいかわからないという孤立した職員がたくさんいた。労働組合と合同で職場集会を開くことになり、村木さんに話しに来てもらえないかとダメ元で打診すると、厚労省事務次官の要職にありながら気さくに引き受けてくださった。

 

「両立」のカギはやりがい

 村木さんの経験談は、実母に子育てを任せてバリバリ働く女性官僚のイメージとは正反対だった。夫婦2人、夫をおだてたり近所の保育ママに頼ったりしながら「綱渡り、下を見なけりゃ怖くない」。長女が2歳の時、子連れで松江に単身赴任し、職場の飲み会には子どもを連れて行くこともあったという。「みな優しくしてくれて、お菓子はくれるわジュースは飲めるわで、子どもは『お母さんの職場はいいところ』と思ったみたい。一畑百貨店の屋上ビアガーデンのちょうちんをみると『あれがママの職場だよね』って」と笑わせた。

 村木さんは、メディアも官僚も、夜中に呼ばれたら行かねばならない使命感のある仕事、と共感を示してくださった上で「後輩に言っているのは、両立したいならやりがいのある仕事をしなさいということ。きつくないからと、やりたくない別の仕事をするのは勧めない」。穏やかな声と、目を細めた優しい笑顔で「何のためにマスコミに入ったのか、何のために役所に入ったのかを忘れないで」と心の真ん中を射抜くその言葉が、いつまでも耳に残った。

 新聞各社の人事労務担当や編集局の女性たちと、横断的な勉強会をしたのもこのころだ。ここにも村木さんに来ていただき、人事施策やリーダーシップを学んだ。彼女たちが今各社の幹部となり後輩を育てているのは、村木さんが「やりがい」の種をまき、「迷い」の雑草を抜き、「あきらめない」の水をたっぷりかけてくださった結果だと実感する。

 

拘置所で刑務官を気遣う

 刑事事件で勾留されていた時、暑い拘置所内できちんと制服を着て、24時間体制で監視を続ける女性刑務官に接し、女性の仕事の中で最も厳しいものの一つだ、妊娠したら別の部署に行けるのかなあ、短時間勤務はできるのかなあと思っていたそうだ。次官退官後は、触法障害者や支援の必要な若い女性に寄り添う活動もされ、現在は内閣官房の「孤独・孤立対策担当室」で政策参与を務めている。どんな人に対しても、仲間として対等な目線で話を聞き、相手を気遣う姿勢は、記者としても組織人としても永遠のロールモデルだ。

 

 (いいだ・ゆみこ 1984年共同通信入社 現在 東京支社長)

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