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「忖度大国」からは眩い報道戦士の物語(吉村 信亮)2018年3月

太平洋のこちら岸で「忖度大国」の泥沼にあえぐ身には、ホワイトハウスの巨大政治権力を相手に、報道の自由原則を貫き通した新聞人たちの苦闘物語は、なんとも眩く映る。半世紀近くも昔の「ペンタゴン・ペーパーズ」事件をドキュメンタリー・タッチで甦らせた巨匠スティーブン・スピルバーグ監督は、自分に不利な報道をフェイク・ニュース呼ばわりし、マスメディアを「国民の敵」とまで侮辱して憚らないドナルド・トランプ大統領に一太刀浴びせた形である。

 

事件の舞台となった1970年代初頭のアメリカ社会は、リチャード・ニクソン政権の標榜する「法と秩序」の下で、前の年代に吹き荒れた反体制の嵐もさすがに収まりかけた。だが、多くの人々の胸の内には、いつ果てるとも知れないベトナム戦争の不条理への根深いいら立ちがくすぶり続けていたはずだ。だからこそ、戦争遂行の暗部を当局者自らの手で記述した最高機密文書がまずニューヨーク・タイムズによってスッパ抜かれると、燃え上がった炎は高く熱かった。

 

負けじとワシントン・ポストが文書全文の発表に踏み切るに及んで、やがて全米各地の新聞も続き、ベトナム反戦のノロシは野火のように広がって行った。そして、6万人近いアメリカ人兵士と百万人を超すというベトナム国民の生命を奪った15年戦争も終結を迎えることになる。

 

この映画のクライマックスは、名女優メリル・ストリープ扮する、ワシントン・ポストの社主キャサリン・グラハム女史が同社独自の入手になる文書全文の紙面化をめぐって、困難な決断に苦しむ場面である。先行したニューヨーク・タイムズに対しては、「不都合な真実」暴露に猛反対のニクソン政権の訴えを受けて、連邦裁判所から記事差し止め命令が下されていた。その中で紙面化に踏み切れば、自社にも同様な命令が出されて、社運が揺らぐことになりかねない。自身はじめ社首脳部の逮捕さえあり得る。一方で、ベン・ブラッドリー編集主幹以下の編集陣は、アメリカの「ベスト&ブライテスト」のエリートたちが築き上げたベトナム戦争の虚構を一挙に突き崩す好機到来と、社主の決断を凝視する。利己的な保身と職務上の良心の板挟みになったグラハム女史は、悩み抜いた末に思い切って「ゴー」の決断を下す。

 

心配された司法判断の行方も、連邦最高裁が、政府活動への監視は報道の役割であり、最高機密文書発表は公益に資するとの最終結論を提示して、「第四の権力」報道側の全面勝利となった。

 

先ごろの朝日新聞とのインタビューで、スピルバーグ監督はこんな趣旨のことを語っている。ワシントン・ポストが報道しないと判断していたら、壊滅的影響を受けていたと思う。この事件がグラハム社主に勇気を与えた。ブラッドリー編集主幹にはさらなる賢明さを与え、続くウォーターゲート事件をモノにさせた--。窮余のグラハム決断への監督の高い評価が伺われる。

 

私はこの言葉に誘われるように、「ペンタゴン・ペーパーズ」鑑賞の数日後に、ウォーターゲート事件の内部告発者を主人公にした映画「ザ・シークレットマン」を観に行った。「ディープ・スロート」こと主人公は連邦捜査局(FBI)の副長官という身分にありながら、ホワイトハウス最高権力の犯罪の真相を明るみに出そうと、極秘情報をワシントン・ポストの若手記者2人に与え続けて、特ダネ連発をモノにさせた。それがニクソン大統領を辞任に追い込むことにつながるのだが、映画はこの実話をなぞりつつ、サスペンス仕立てで展開する。

 

ゆめゆめ、マスメディアを侮ることなかれ――傍若無人のトランプ大統領に与えたい教訓である。

 

(よしむら・ しんすけ 中日新聞社<東京新聞>OB)

 

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