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避難所からメッセージ 「私はここにいます」(東日本放送 加藤昌宏)2011年4月

確実に起きるといわれた宮城県沖地震に備え、報道部では毎月地震の取材訓練を重ね、ノウハウを蓄積しているという一定の自信があった。しかし、東日本大震災は、その金連の想定をはるかに上回るものだった。

 

発生から4日目、全国ニュース(ANN・テレビ朝日系列)の対応に追われる中で報道、制作、編成の担当者が集まり、復興へ向けて地元放送局として何ができるかを話し合った。発生当初は、被害の全容をつかむ取材に全力をあげた。自らも被災した気仙沼支局カメラマンが命懸けで撮影した津波襲来の一部始終など地震・津波のさまざまな迫力映像が集まった。しかし、それらのショッキングな映像は、犠牲者が増えていくというネガティブな情報と同じもの。被災者は発生直後は一時的に活動的になったり、助け合いの精神が高まったりするが、すぐに現実に目を向け落ち込む人が増えてくる。そうした時に、ネガティブな情報をたたみかけるように出していくのは、地元局としてどうなのだろうという疑問が出た。

 

協議の末、ローカルのニュースと番組では、「安否情報」に加え「心のケア」や「被災者に寄り添う情報」として、ライフラインや生活関連などポジティブ情報に力を入れることにした。被災者が「私はここにいます」とカメラの前で語るローカル番組「避難所からのメッセージ」の放送時間は、3月27日現在57時間48分に及んでいる。

 

今回の震災が水産業を破滅させるなど、宮城県の社会構造に大きな影響を及ぼしかねない。休止していたレギュラー番組を再スタートするにあたり、以前と同じ内容で復活させることはあり得ないと考えている。

 

メディアの情報は人に希望をもたらす。が、それがかなえられなければ、強いフラストレーションを与える。仮設住宅建設の情報を流せば、即日入居できる錯覚を覚えるが、実際には時間がかかるし、キャパシティも限られる。情報を共有しながら、いかに過剰な期待を持たせないようにするか。そんな迷いを抱えながら、復興までの長い道のりを被災者とともに歩みたい。

 

(かとう・まさひろ 1978年入社 現・報道制作局長)

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