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記者たちの夏2006年:小泉首相 8・15靖国参拝 長期政権最後の『劇場』(平井 治)2015年8月

小泉純一郎首相は、東京・九段北の靖国神社に黒塗りの公用車で乗り付けると、モーニング姿で小さく一礼し、本殿の階段を上った。報道陣のフラッシュを浴び、口を真一文字に結んで板張りの廊下を進んでいった。境内に詰め掛けた200人以上の参拝者がどよめいた。

 

2006年8月15日の朝、現職首相としては21年ぶりとなる終戦記念日の参拝だった。首相は01年の自民党総裁選で掲げた公約の1つをようやく果たした。長期政権下で最後の「小泉劇場」でもあった。

 

この年は夏が迫るとともに、与党内を臆測が飛び交った。9月の退陣を前に8・15参拝で有終の美を飾るとの見方がある一方、中国、韓国との関係がこれ以上悪化しないよう配慮するべきだとの声も上がった。

 

8月に入ると、首相自らがあおるかのように発言をエスカレートさせた。

 

「いつ参拝してもいいが、適切に判断する」「公約は生きている」「いつ行っても批判される。いつ行っても同じだ」

 

そして首相は参拝後、テレビカメラの前で約15分間、とうとうと語った。

 

「参拝しなければ首脳会談をするというのはよろしくない」「思想、良心の自由だ」「いつでもこだわるのはマスコミ」などと述べた。

 

私は首相官邸記者クラブでテレビ中継に見入りながらあぜんとした。劇場の終幕がこれなのか。中韓両国を突き放し、憲法問題にまともに答えず、報道機関へ責任を転嫁している。

 

賛否はともかく、首相は郵政民営化、道路公団改革、北朝鮮訪問、衆院選で与党300議席超えなど数々の業績を残した。冷徹な政治家、希代の仕事師だったはずだ。

 

テレビ画面に映る首相の頭髪は随分白くなっていた。ライオンは老いたのだ。激しい権力闘争を勝ち抜く中でうみ疲れ、慢心が忍び寄っていたのかもしれない。

 

自民党の政権転落はそれから3年後のことだった。

 

(共同通信福島支局長)

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