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第5回(韓国)与野党の大統領候補と会見(2006年2月) の記事一覧に戻る

歴史問題 小泉後に関心移行-与野党の大統領候補と会見(影山 日出夫)2006年3月

 今回の取材団の主たる目的は、ポスト盧武鉉をうかがう政治家たちに会うことだった。一連の会見では、日韓の歴史問題が次のリーダー候補たちにも影を落としていることが浮き彫りにされ、両国関係の将来が必ずしも楽観を許さないことを印象付けた。
  与党ウリ党の新代表に選出された鄭東泳前統一相は、盧大統領は小泉政権中の関係改善には何ら期待を抱いていないと取材団に明言した。次期大統領候補として世論調査で上位に立つ野党ハンナラ党の李明博ソウル市長も、「両国国民は日韓新時代に向けて準備を終えている。政治家だけがまだだ」と首脳レベルで角を突き合わせる異常な関係にいら立ちを抑え切れない様子であった。

■靖国慎重派への期待も
 
 そうした中、韓国政界の関心は靖国問題をめぐる小泉首相の対応から「ポスト小泉の日本の指導者はどうするか」に明らかに移行しつつある。李氏は去年安倍官房長官に会い、「日本の国際的地位にふさわしい対応」を求めたという。鄭氏も「党代表に選ばれたら、適切な時期に安倍氏に会いたい」と関心を隠さない。
  韓国でも「ポスト小泉は安倍氏」を念頭に対日戦略を描きつつあるということであろうか。しかし、安倍氏については、祖父譲りの「親韓国派」との期待がある一方で、歴史認識では「合意に至るのは簡単でないと心配している」(ウリ党の金槿泰前保健福祉相)との懸念があるのも事実だ。韓国有力紙の在京特派員経験者との懇談では、靖国慎重派の福田元官房長官に対する待望論が韓国側に根強くあるとの声も複数聞いた。「小泉政権さえ終われば」との展望も持ち得ず、日本の後継総裁レースを複雑な思いで見守っているというのが、韓国政界の現状のようであった。

■ 年内に南北会談開催か

  歴史問題とは対照的に、盧政権の北朝鮮政策については与野党の見解が鋭く対立した。ウリ党の鄭新代表は、去年、自らの訪朝で南北首脳会談の開催に合意していたことを会見で初めて明らかにし、「今年中に開催されるだろう」と融和政策の進展に自信を示した。
  これに対して、ハンナラ党の朴槿恵代表(ご存知と思うが朴正熙元大統領の長女である)は、「盧武鉉流の無原則な対北政策が韓国内に分裂と葛藤を生んだ」と激しく批判。6者協議の進展のためにも韓米関係の強化こそが急務だと強調した。
  盧政権の支持率低迷で5月の地方選挙では与党敗北が確実視されている。来年12月の大統領選挙に向けても、今のところ野党候補が優勢である。ハンナラ党政権が出来れば、韓米関係を重視する方向で軌道修正が行われるのはほぼ間違いない。
  日米韓の枠組み再構築は北朝鮮への圧力強化につながる。しかし、その時日韓関係が今の閉塞状況を続けていたとすればどうであろうか。東アジアでの日本と中韓両国の関係に懸念を強め始めたとされるアメリカが黙認するだろうか。歴史問題をめぐる影がそこまで及ばないという保証はないように思われた。

■刻印される過去の重圧

  取材団は韓国の世界的な企業を訪問する機会にも恵まれたが、サムスングループの大規模な研修施設で同社幹部と昼食を取りながら聞いた話が印象的だった。
  「新規採用者はここで徹底して頭を切り替えさせます。韓国の大学生の間にはいまだに『反大企業』意識が強いですからね」
  国民の中で、独裁政権時代の強権政治と財閥企業のつながりが問題視されて来た韓国経済。その意識を払拭するのが新人研修の目的というところに韓国社会に刻み込まれた過去の重圧を感じる。そのさらに奥深く刻み込まれた「記憶」が歴史問題だとすれば、簡単に消えるはずがない。
  「靖国問題の処理によっては、ポスト盧武鉉の方が日韓関係は今より複雑になる可能性がある」。在京特派員経験者はこう予測した。ポスト小泉の行方も絡んで、その心配がないとは言えないのが現状であろうか。(韓国取材団副団長・ NHK解説主幹・クラブ企画委員)=「日本記者クラブ会報」2006年3月10日発行第433号から

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