会見リポート
2025年03月25日
13:30 〜 15:00
9階会見場
「戦後80年を問う」(3) 中村秀一・一般社団法人医療介護福祉政策研究フォーラム 理事長、元厚生労働省老健局長
会見メモ
「戦後80年の社会保障」と題し、社会保険、社会福祉、公的扶助、保健医療・公衆衛生の4つの柱から成る社会保障制度がどのように導入され、人口構造や社会を取り巻く環境に対応してきたのか、負担を巡る政治の攻防や政権交代が社会保障に果たした影響なども含め解説した。
社会保険料を単純な負担と考えることは問題であるとし「医療、介護、年金が社会インフラとするならば、インフラを支えるために必要な経費であり、連帯の証であり、会費としてとらえるべき」と強調した。
福祉元年といわれる1973年に厚生省(現在の厚生労働省)に入省。老人福祉課長、年金課長、大臣官房審議官(医療保険、医政担当)、老健局長、社会・援護局長などを歴任。介護保険制度の創設や見直し、医療制度改革などに携わった。2008年に退官、社会保険診療報酬支払基金理事長ののち、2010年10月から2014年2月まで内閣官房社会保障改革担当室長として「社会保障と税の一体改革」の事務局を務めた。
著書に『平成の社会保障』(社会保険出版、2019年)。
司会 迫田朋子 日本記者クラブ企画委員
会見リポート
連帯の基盤、どこに求める
浜田 陽太郎 (朝日新聞社論説委員)
長年、行政の第一線に立ち、今も主催するシンクタンク理事長、そして大学教員として社会保障分野に携わる中村秀一さん。80分で「戦後80年」を振り返る濃密な会見、そして質疑応答にも、時間を延長してたっぷりと応じてくれた。
会見は、財政や人口動態といったマクロのトレンドを踏まえた骨太の内容で、社会保障を取材する記者が持つべき歴史認識や大局観が満載だ。
たとえば、日本の社会保障の基盤をなす「皆保険」はなぜ達成できたのか。
すべての人が適切な医療保険サービスに負担可能な費用でアクセスできる「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」は、東南アジアの国でも目指されているが、貧富の格差があって達成がむずかしい。
だが、日本では「戦中と戦後、皆貧しくなったという国民共通の体験」があった。この中村さんの指摘は、いま私たちが享受する社会保障ができあがったのは必然ではなく、歴史の偶然ともいうべき要素があったことを教えてくれる。
こうしたアカデミックな知見を超えて、中村さんの言葉が響くのは、行政官として修羅場をくぐってきた実体験があるからだ。
中村さんが旧厚生省に入った1973年は、老人医療費が無料化された「福祉元年」だ。だが同じ年に「石油ショック」が起き、高齢者の「社会的入院」など医療費の「ムダ使い」も問題化。厚生省は、無料化の是正、すなわち自己負担の再導入にカジを切ったが、「1割の定率負担」にするまで30年かかっている。
「数年上の先輩が『僕の生涯は、無料化から1割負担を入れるために使ったようなものだ』と嘆いていた」というエピソードは、負担増を伴う政策変更には長い時間と労力がかかることを示す。これは、今の政府が目指す「全世代型社会保障」の構築にとって現在進行形の課題でもある。
中村さんは、政治と社会保障のダイナミックな関係性を物語る事例として、介護保険の誕生を取り上げた。
大きな背景は93年の細川連立政権の誕生である。民社党から入閣した大内啓伍厚生相からの強い要望で作成した「福祉ビジョン」では、年金5:医療4:福祉1だった比率を、医療を効率化することで5:3:2にすると提案した。
「医療の効率化」をして福祉に回すと言えば、自民党の支持層である医療団体が「火がついたように怒る」ので、このような提案は非自民政権でないと言えなかったと、この直前に老人福祉課長を経験した中村さんは振り返る。これ以降、厚生省は「介護保険の制度化」にまい進。「親の介護」に直面する筆者のような世代は、その恩恵を受けられるようになったのだ。
「政権交代により政策の優先順位が変わった」例としては、2009年~12年の旧民主党政権下での「子ども手当」導入による、子育て世帯への給付激増を挙げた。当時、中村さんはいったん厚労省を退官した後、内閣官房で社会保障改革担当室長に就いていた。
所得制限なしの子ども手当という民主党案に対して、野党だった自民党は「単なるばらまき」と批判。だが、その自民党自身が、岸田政権の「異次元の少子化対策」の一環として、児童手当の所得制限撤廃に踏み切ったのは感慨深い。
様々な紆余曲折を経て、80年の間、規模を大きくしてきた社会保障。中村さんは最後に「負担なくして給付はありえない」と強調。負担を忌避する中で、子ども・子育て予算を倍増しようとしたことが、高額療養費をめぐる迷走の背景にあったという基本構図をわかりやすく読み解いた。
「これからの社会保障」と題したスライドは必見だ。社会保障をどの程度機能させるかは国民の選択」であること、社会保障には「連帯の基盤」が必要であるというメッセージがコンパクトにまとまっている。
かつてカイシャ(会社)やムラ(地域)の連帯意識に支えられて発展した日本の社会保障。そうした紐帯が弱まるなかで、どこに社会保障の基盤を求めるのか。この分野を取材するすべての記者が、念頭に置くべき問いを示してもらった。
ゲスト / Guest
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中村秀一 / Shuichi NAKAMURA
一般社団法人 医療介護福祉政策研究フォーラム 理事長、国際医療福祉大学大学院客員教授、元厚生労働省老健局長
研究テーマ:戦後80年を問う
研究会回数:3