2023年06月30日 13:30 〜 15:00 10階ホール
「ジャニーズ問題から考える」(4) メディアと権力 伊藤高史・同志社大学教授

会見メモ

メディア社会学を専門とする同志社大学教授の伊藤高史さんが登壇。1999年10月からのジャニーズ事務所に関する「週刊文春」のキャンペーン報道に対し、なぜ日本の多くのメディアが沈黙を続けてきたのかを、社会学の観点から得られる日本の報道機関の一般的慣行に関する理論的知見をもとに分析した。

 

司会 田玉恵美 日本記者クラブ会員(朝日新聞)


会見リポート

メディアは連帯して国の性暴力への対応に注視を

湊屋 暁子 (時事通信社編集局)

 ジャニー喜多川氏の性加害を文春が指摘していたのに主要メディアは避けていたことを、同志社大の伊藤高史教授は社会学的に分析し、そこから導ける教訓を話した。結論として、立件されていないこの事件を当時の主要メディアが報じるのは困難で、報道の一般慣行からしてもそうだったと解説した。

 「記者は何が真実か分からない中で事実報道しなければならない、これはかなり難しいことだ」。教授はまずそう確認した。記者は取材で得た話から記事をまとめるが、相手が仕掛ける反撃を受けるリスクも考える。日本では名誉毀損の場合、訴訟を起こされた側の報道機関が真実性や誤信相当性の立証責任を負う。裁判になれば時間も労力も使い、敗訴すれば賠償責任も負う。だから記者は、捜査機関や裁判所といった権威の事実認定を待ち、事案が法の言葉で語られればそれを根拠に報じようとする。メディアの一般慣行だ。

 ジャニー氏問題では警察が動かず、記事を載せた文春は民事訴訟で1審敗訴、2審は賠償額減という結果で、国家権力の断罪がなかった。

 米国や英国メディアはこれを報じたが、米には公人報道で悪意がなければ報道機関は免責されるという法理があり、日本と法体系が違う。BBCはジャニー氏死後の放送で、訴訟リスクが低かった。欧米メディアこそ立派だと整理できる話ではない。

 今はメディア環境が変わり、被害申告者も現れ、性暴力を報じやすくなった。日本メディアは今これを報じているが、リスクを考慮する姿勢は依然ある。こうした構造的問題や限界を破っていくのは、やはり記者の執念、その記者を支える周りの存在だろう。

 報道には事実の見極めや冷静な証拠積み上げが必要だ。今後メディアは、公権力の監視に立ち戻り、一芸能事務所の追及で終わらず、国の性暴力への対応に連帯して注視していくべきではないか。教授はそう結んだ。


ゲスト / Guest

  • 伊藤高史 / Takashi ITO

    同志社大学教授 / Professor, Doshisha University

研究テーマ:ジャニーズ問題から考える

研究会回数:4

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