2022年03月15日 15:00 〜 16:00 9階会見場
「3.11から11年」(2) 村井嘉浩・宮城県知事

会見メモ

宮城県の村井嘉浩知事が「震災から11年創造的復興の歩み」と題し、県の現状と課題について話した。

 

司会 坪井ゆづる 日本記者クラブ企画委員(朝日新聞)


会見リポート

創造的復興 命も守る道筋を

石塚 人生 (読売新聞社生活部次長)

 時折笑顔を見せながらエネルギッシュに記者会見に臨む村井氏の姿に、宮城県民だった頃を懐かしく思い出した。東日本大震災からの「創造的復興」は、彼のバイタリティーなくしては成し遂げられなかったと思う。

 震災をはさんで仙台市、石巻市に5年余り住んで取材にあたった。村井氏と接するのは囲み取材ぐらいだったが、記者の質問に真摯に答える姿に、我々の後ろにいる県民、国民に復興への理念と形を分かりやすく示そうとしているように感じた。

 この11年間で村井カラーが発揮されたと思う復興施策は、漁協以外にも漁業権を与える水産業復興特区の導入と、医学部新設だ。

 石巻周辺の漁港には数え切れないほど足を運んだが、水産業復興特区の適用を受けた石巻市の桃浦は、震災以前は数あるカキ産地の中でも特別目立つ存在ではなかった。既得権益を破壊する手法に反発も生んだが、桃浦は水産業の新たなモデルとなり、知名度も格段に増した。

 医学部は県が当初考えた公立という枠組みにはならなかったが、設置大学が決まると修学資金の拠出や医師配置などで連携を強めている。1期生が今春卒業するが、宮城県の医師不足は徐々に解消に向かうだろう。

 仙台空港の民営化なども含め、これら民間の力とカネを生かす復興手法は、東北随一の都市・仙台を抱える地理的好条件もあるだろう。それと共に、元自衛官で危機に強いという村井氏のイメージと明るさが、「この人についていけば何とかなる」という意識を県民に植え付けたことも大きいのではないだろうか。

 会見のすぐ後にも東北南部が巨大地震に見舞われたように、地震や津波は定期的に襲ってくる。反対の声を押し切った形の防潮堤整備は、今後の災害を見据えたものだと会見で強調していた。創造的復興が未来の県民の命をも守るよう、残る任期で道筋をつけてほしいと願う。


ゲスト / Guest

  • 村井嘉浩 / Yoshihiro Murai

    宮城県知事 / Governor, Miyagi

研究テーマ:3.11から11年

研究会回数:2

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