2017年01月20日 18:00 〜 19:40 10階ホール
試写会「アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発~Experimenter」

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会見リポート

大量虐殺はどうして起きたか 自由と服従の距離

清水 真人 (日本経済新聞社編集委員)

ナチスによるホロコースト(大量虐殺)はどのようにして起きたのか。

 

大勢のユダヤ人を収容所へ移送する業務を統括したアイヒマンがイスラエルで裁判にかけられた際、ユダヤ人の政治哲学者アーレントは「悪の陳腐さ」を説いた。「命令に従っただけ」と繰り返す彼は巨悪の権化などではなく、どこにでもいる凡庸な小役人にすぎないと喝破したのだ。

 

ごく普通の人々が権威に服従することで、残酷な行為にやすやすと、際限なく加担してしまう――。本作は、アイヒマン裁判と同時期に、この「悪の陳腐さ」を科学的に実証しようと試みた電気ショックの実験の場面から始まる。主人公はユダヤ系アメリカ人の社会心理学者スタンレー・ミルグラム。でも、彼は『アイヒマンの後継者』には見えない。

 

大半の参加者は、電気ショックを与えた相手が見えない別室で悲鳴を上げて苦しむと、実験の継続をためらう。実は電撃はウソで、叫びも録音テープだが、参加者は本物と信じ込んでいる。そこで権威ありげな灰色の実験衣をまとう現場管理者から「どうしても実験を続けねばならない」「あなたに責任はない」と上から目線で指示されると、電圧をどんどん上げてしまうのだ。

 

自分を、自らのために行動しているのではなく、他人の望みを実行している「代理人」なのだ、と見なしてしまうと、強制されずとも人が変わったように権威に服従し、責任を感じなくなってしまうという。個人の自由意思や主体的な選択などというものが、簡単な実験でもろくも突き崩されてしまうさまには深く考えさせられる。

 

参加者の錯覚を利用した実験は学会や学生から「非倫理的」と批判され、ミルグラムは大学を移らざるを得ない。社会が見たくない人間の真実に迫ろうとした研究に終生、向き合い続ける。『アイヒマンの後継者』とは。観終わった時、答えは出る。


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