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情報戦 うら・おもて(パート1) 米国の盗聴活動 日本もターゲットだった(村上 吉男)2013年11月

米中央情報局(CIA)の元職員、エドワード・スノーデン氏の暴露による米国の全世界に及ぶスパイ活動が耳目を集めている。中でも、米国の同盟国であるドイツでは、メルケル首相の携帯電話が米国家安全保障局(NSA)によって完全盗聴されていたことが明らかとなり、米独間の信頼関係が大きく揺らいでいる。当然、日本に対してはどうなのか、ということになる。そこで思い出したのがワシントンで2回目の特派員をしていた頃のことだった。



◆◇ “intercepting the Japanese diplomatic correspondence”
「三沢基地で傍受」の記述が ◇◆



1986年のある日、わがアメリカ総局のあるナショナル・プレス・ビルディングの上の階に個人事務所をもって仕事をしていた友人で、元ニューヨーク・タイムズの敏腕記者、セイモア・ハーシュ氏から電話があり、行ってみると、彼が書き上げたばかりの本の原稿を読んでみてほしいとの要請だった。それは1983年9月1日未明、ニューヨーク発アンカレッジ経由でソウルに向かっていた大韓航空007便のボーイング747ジャンボ旅客機が、なぜか空路をはずれてソ連(当時)領空を侵犯し、サハリン上空からオホーツク海に差しかかった辺りで、ソ連の戦闘機に撃墜された事件の真相究明を試みたものだった。日本人乗客28人を含む、乗客・乗員269人全員が死亡するという悲惨な事件だった。ベトナム戦争の調査報道でピューリツァー賞も受賞したことのあるハーシュ記者が歳月かけて調べただけに、読み応えのある力作だった。


日本関係への言及が多いので、地名や人名、政府・自衛隊機関の名称などが間違っていないか、校閲的に見てほしいというのが彼の意図だったと思う。読んでいくうちにハッと目を奪われたのが、青森県の米軍三沢基地の電波傍受施設について述べたくだりだった。「同基地では、日本の外交通信も傍受している」と書かれているではないか。三沢基地の巨大なアンテナ群は、ソ連や北朝鮮など米国の潜在敵国の動向を探るための電波傍受をしているのだと多くの人が思っていたはずである。ところが、ハーシュ氏の本の初稿には、“intercepting the Japanese diplomatic correspondence” と明確に書かれていたのだ。学生時代に、太平洋戦争直前の日米交渉で東京と在ワシントン日本大使館の暗号電報がすべて米側に解読されていたことを調べて承知していたので、米側はまだ続けているのかと驚くとともに、直ちに日本側に伝え、注意を喚起した。


しかし、返ってきたのは、のんびりしたものだった。「昔と違って、いまの時代はコンピューターでランダムに暗号化されていますから、傍受しても解読は不可能です」。自信満々、まるで安心しきっている反応にびっくり。「じゃあ、何で米側は傍受などしているのでしょう?」と問い詰めたが、満足のいくような答えは返って来なかった。いくらランダムにその都度暗号化されても、それが受信サイドで解読されることは間違いない。だとすると、たとえばその解読装置に始めから入り込んでいれば、ランダムなどとは関係なく、平文で盗聴されることにならないか。当時は米ソ間の冷戦時代で、米国の小型潜水艦がオホーツク海に侵入し、ソ連の海底ケーブルから傍受を試みているとの噂が流れたりした頃でもあった。


◆◇ 機密情報に無防備な日本 霞が関レベルは筒抜け?◇◆


三沢基地の傍受はその後ずっと気になっていた。日本は太平洋戦争に至る日米交渉の時点ですでに米国に外交暗号を解読されていたのだから。真珠湾への奇襲攻撃だけは、日本は事前に解読される危険を防げた。それは、攻撃に対する計画や実際の軍事行動に関する一切の情報を発信しなかったためだ。米側も事前察知のしようがなかった。


しかし、その後は、日本の主として海軍の発信する機密情報が次々と米側によって組織的に傍受され、解読されるところとなり、日本は非常に不利な戦いを強いられることになった。真珠湾攻撃のわずか半年あと、ミッドウェー海戦ではその計画自体が事前に米側に傍受・察知されて、日本の空母機動艦隊の主力をほとんど失う大敗北。その1年後の1943年4月には、日本海軍の暗号電報が解読され、南太平洋の前線巡視に向かった連合艦隊の山本五十六司令長官の搭乗機が、ブーゲンビル島上空で米戦闘機隊の待ち伏せ攻撃を受け、無残にも撃墜された。


戦後も、考えてみればずっと情報を傍受され続けてきたのではないだろうか。日本は連合国の占領下、といっても実態は米政府・軍当局の施政下に置かれ、米側はあらゆることを自由に行えたからである。霞が関の政府通信網への極秘接続、さまざまな産業からの情報収集などは、ことあるごとに噂に上ったものである。1970年代後半、1回目のワシントン特派員の頃は、カーター政権の時で、日米交渉は鉄鋼、繊維、かんきつ類などをめぐるものだった。あの頃もすでに米側は、日本の交渉方針や戦術を霞が関レベルや日米外交通信で傍受していたのではないか。米側との交渉に当たった日本側当局者がしばしば、米側が日本の交渉方針、妥協ラインを知っていたような印象を抱いていたからだ。


これについて、日本側当局者らは口癖のように日本の新聞を批判。「交渉当日の朝刊一面で、わが国の交渉方針を記事にして出すのだから、こんなやりにくいことはない」と、あらゆる機会をとらえて新聞報道がどれほど交渉を不利にしているかを訴えていた。確かに新聞は日米交渉については書きまくった。東京でも、ワシントンでも、各紙が競って、日米双方の思惑や方針を取材し、盛んに書いたものである。思うに交渉の席で米側は、自分たちが盗聴・傍受で情報を得ていることをカムフラージュするため、「日本の新聞のお蔭で、お国の方針が良く分かります」などと言って、疑惑のホコ先を日本の新聞に向けさせようとしていたのではないか。いまは、そう確信している。


◆◇ 米スパイ予算は倍増 特定個人情報をあらゆる手段で ◇◆


しかし、いま世界を震撼させている米NSAのスパイ活動はそんなレベルの話ではない。

スノーデン氏がメディアに手渡した資料によると、わずか2カ月ほどの間に、スペインでは市民の6千万回、フランスでは7千万回もの電話盗聴が行われ、大規模なメタデータ収集の一環とされているという。まさに“真空掃除機アプローチ”と言われる所以だ。一斉に収集し、必要に応じて、ある特定個人のあらゆる情報が入手できる仕組みになっているのだ。米国の9:11事件以降、テロ疑惑に対してはあらゆる手段で追及するというのがブッシュ大統領(当時)の方針となった。実際、「テロ攻撃の可能性があれば、先制攻撃も許される」とのブッシュ・ドクトリンに後押しされ、米国の年間スパイ予算はそれ以前の額から倍増されている。


こんな状況にあって、日本が例外であるはずはない。米軍基地が多いだけに盗聴や傍受は他国に比して容易だろう。韓国も1952年以来、国連軍の名のもとに米軍にとっては重要通信網をはじめ、あらゆるアクセスが容易に違いない。日韓両国は今回、他国ほど名前が出てこない。裏を返せば、それだけ十分に情報が収集されているともいえるだろう。日本の場合は、米国が毎日提供する情報に基づいて政策立案している面が多分にあるため、スパイ活動で得る情報に驚くようなものはほとんどないと思われる。今の時点でいえば、TPP交渉に対する日本政府の具体的案ぐらいがオバマ政権の注目事項かもしれない。


一方、ドイツについては、メルケル首相の政策に関する情報収集がこの一年ほど集中的に行われたとみられている。携帯電話まで集中的に傍受されていた状況はドイツの情報機関当局が暗黙に認めている。ドイツやメルケル女史が特にテロに精通しているとみるものはいない。米国の観測筋、とりわけ金融界では、メルケル首相の判断がギリシャ、スペイン、イタリアなどの経済危機への対応で決定的な役割を演じているからだとみている。


ドイツの猛烈な抗議を受けた米国は、オバマ大統領が直接、メルケル首相に電話して「もう、その(携帯の盗聴)ようなことはしていません。これからもいたしません」と確約したと発表された。しかし、それ以前にしていたかどうかについては、まったく触れなかった。「していません」「今後はいたしません」というのは、どういう意味だろう。在ドイツ米大使館の屋上で電波傍受していたのを一切止めるとでもいうのだろうか。真空掃除機方式で、あらゆる電波をいっせいに傍受している中からメルケル首相の携帯の電波だけを今後はずすというのは、技術的に難しいのではないか。おそらく、米大使館から首相官邸近辺の電波傍受行動は停止せざるを得ないということになるのだろう。


◆◇ 消えた三沢基地の記述 CIAが削除要請 ◇◆


ハーシュ記者による大韓航空ジャンボ旅客機の撃墜事件は、“The Target is destroyed”という表題で86年に発行された。「目標は撃墜された」という日本語版もその後、出版されている。ハーシュ氏はあの日、お礼にと言って、出版ほやほやの一冊を総局に持ってきてくれた。彼の目の前でパラパラとページをめくりながら、目指す「三沢基地」の箇所に来てみたら、日本の外交通信傍受の部分が見当たらない。まったく消えてしまっている。「あれ、どうしたの?」「ここに確か、日本の外交通信傍受のくだりがあったと思うけど?」と尋ねた。


「ああ、あの部分ね」と、彼は続けた。「驚いたけど、CIAがあの箇所は削ってはどうかと提案してきたので」。今回は相当きわどいところまで情報関係当局に取材をしたので、出版前に一応、関係当局にゲラをチェックさせたという。「出版後に問題にされたり、訴えられたりすると厄介だから」と、ハーシュ氏。CIAが削除を求めてきた理由は、と尋ねると、「事件とは、無関係なことだから、載せる必要がないのではないか、とか言っていた」とのことだった。あの箇所以外にもいくつか、あったという。


三沢基地ではこれから、最新式、一段と強力で、高性能な傍受施設に変えていく計画が進められているという。北朝鮮、中国だけではなく、日本をもしっかりスパイする対象にしていた三沢基地。その後それを止めたなどとは考えられない。スノーデン氏の暴露で、米スパイ活動の全面的な見直しを迫られているオバマ政権は、日本各地の傍受施設をこの先どのように整理していくのだろうか。もし、されるとしたら、日本側は、その整理が施設や人員の縮小・削減といった表面的なものだけでなく、傍受の対象や密度といった実質的な変化(あるいは無変化)の内容まで把握することができるだろうか。

(元朝日新聞記者 2013年11月記)

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