2016年08月01日 13:00 〜 17:00 10階ホール/9階会見場
「ザ・テノール 真実の物語」上映会と会見

会見メモ

韓国人のテノール歌手ベー・チェチョル(裵宰徹 Bae Jae-chul)さんは、甲状腺がんのため声帯を失いながらも、日本での声帯機能回復手術を受け、歌声を取り戻した。ベーさんと、彼を支え続けた音楽プロデューサーの輪嶋東太郎さんとの交流を描く韓日合作映画「ザ・テノール 真実の物語」を上映した後、べーさん、輪嶋さんとべーさんの手術を担当した一色信彦医師(京都大学名誉教授)が会見した。
左からベーさん、輪嶋さん、一色さん
司会 山本勇二 日本記者クラブ企画委員(東京新聞)


会見リポート

日韓 奇跡の巡り合い

山本 勇二 (東京新聞論説委員)

がんで声を失った韓国人歌手が日本で手術を受け、再びステージに立つ。実話に基づく日韓合作映画「ザ・テノール 真実の物語」(キム・サンマン監督)上映と、登場人物のモデルになった3人の会見が行われた。2014年に公開された映画の概要を紹介する。

 

欧州各地の劇場で成功を収めていたテノール歌手ベー・チェチョルさん。輝かしい高音と強靱な声を併せ持つ「リリコ・スピント」。映画では韓国人俳優が演じるが、挿入歌のうち歌劇「オテロ」のアリア「私を恐れるな」など6曲はベーさんの歌唱だ。

 

だが、人生は暗転し、2005年に甲状腺がんが見つかった。摘出手術を受けたが、声帯と横隔膜の神経を切断、右肺の機能も低下した。再起を願う日本人プロデューサーも手を尽くして、京都に声帯回復の名医がいることがわかり、甲状軟骨形成手術を受ける。手術は喉を切開したまま、どの位置で声帯を固定するか、ミリ単位で調整するものだった。リハビリを重ね、歌声を少しずつ取り戻し、日本でのコンサートも実現した。ファンを前にベーさんが歌ったのは、神の限りない恩寵に感謝する賛美歌「アメイジング・グレイス」だった―。

 

会見でベーさんは「神は私に第2の声を与えてくださり、声を人々のために使っていくよう命じられた」と話した。「声を出すための楽器、つまり私の体は韓国製だが、手術を受けた後のいまの声は日本製だ。私の体の中で、韓国と日本が1つになっている」とユーモアを交え、会場をなごませた。

 

登場人物のモデルとなった音楽プロデューサー、ヴォイス・ファクトリイ代表の輪嶋東太郎さんによると、ベーさんの今の声量や高音の伸びは全盛期には遠く及ばないが、「耳には聞こえなくても、音楽の最も美しい部分、愛や祈りを伝える響きは今の方が素晴らしい」と言う。苦難を乗り越えたベーさんの歌を待っている人たちがたくさんいると、力を込めた。

 

執刀医の一色信彦京都大名誉教授は、ベーさんの手術には当初、乗り気ではなかった。難手術だし、失敗すれば業績に傷がつくと、忠告した人もいたそうだ。それでも、「私は父から武士道精神というか、困難から逃げるのはひきょう者だと教わった。やれることをやるだけだと、手術を引き受けた」といきさつを説明した。

 

会見を聞いて、3人は奇跡のような巡り合いをしたと感動した。それぞれ、声楽、音楽の企画、医学という分野で情熱と使命感を持ち続け、別々に生きていたのに、何かに導かれるような出会いをした。ベーさんの病気をきっかけに、1本の大河に合流したのだ。

 

韓国人はなぜ歌がうまいのか。会見ではこんな質問も出た。確かに、欧州での声楽コンクールでは韓国人がしばしば入賞し、劇場でも活躍している。

 

話し言葉と声は密接に関係していると、一色名誉教授は指摘し、「イタリア語のような明快に話す言葉は声帯にもいい影響を及ぼし歌いやすい」と説明した。韓国語も、あいまい母音も含めて発音の幅が広く、遠くからも聞こえるほど話し方が明快だ。さらに「大きく口を開かずボチボチとしゃべる日本語は、歌にはどうも……」と言いながら、決定的ではなく訓練でカバーできると説明した。努力次第で良い声で歌えるようになるということか。

 

輪嶋さんは韓国語の持つ発音の多様さを指摘し、「いろいろな音を聞き分け、表現できる」と話した。また、ベーさんもそうだが、幼いころから教会で賛美歌を歌う経験をしており、「歌うことの意味と聴く人の魂に訴える大切さを自然に身に付けている」と、精神性の高さを強調した。

 

7月に赴任したばかりの李俊揆(イ・ジュンギュ)韓国大使も姿を見せ、会見後の茶話会で「韓日の素晴らしい交流を体験させてもらった」と満足そうだった。


ゲスト / Guest

  • 「ザ・テノール 真実の物語」/ベー・チェチョル

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