2016年02月22日 17:30 〜 18:30 10階ホール
「3.11から5年」⑨写真家 中筋純氏

会見メモ

チェルノブイリと原発事故後の福島を撮り続けている写真家の中筋純氏が会見し、記者の質問に答えた。
流転・福島&チェルノブイリ世界巡回展フェイスブックページ 
司会 中井良則 日本記者クラブ専務理事


会見リポート

見えない放射能災害を可視化する 福島、チェルノブイリを記録した写真家

中井 良則 (日本記者クラブ専務理事)

●腐らずに枯れた直売所の大根

 

 「それ、何ですか」

 

会場のスクリーンを指さして質問が飛んだ。痩せて老いた枯れ枝のような物体の画像が写っている。よく見ると値札らしきものもある。泥まみれにも見える。何だろう。

 

「これですか。これは大事に作られた大根です。農協の直売所で売っていた」

 

生産者の名前が書かれた「1本50円 福島県産」の値札。あの日、2011年3月11日、収穫されたばかりで福島県浪江町の農協直売所に並び、買い手を待っていた泥付きの大根だ。

 

「肥料をほとんど使わなかったんじゃないかな。そういう作物は腐敗せずに形を残して枯れてゆくんだそうです。ぼくも畑、作ってるのでわかる」

 

あるいは、皮がめくれ、ぼろぼろになり色が変わったボールの数々。

 

「双葉高校って野球の名門なんです。グラウンドのホームベースの脇の箱にこのボールが入っていた。あの時、トスバッティングの練習をしていたそうです。硬式ボールって4年もたつとこんな風になるんですね」

 

一瞬、きれいだな、と思わせる画像。何を撮っているのか戸惑う写真。ぎょっとするカット。一枚一枚の写真にストーリーがある。そして考え込ませる。

 

●自然に飲み込まれた難破船 チェルノブイリの石棺

 

中筋純さんは福島原発事故で立ち入り禁止となった無人の町を歩き、シャッターを押し続けた。チェルノブイリにも通い、やはり無人となったアパートを歩き記録した。福島から5年、チェルノブイリから30年の今年、全国各地を巡回し写真展を開いている。

 

チェルノブイリは2007年から訪ねるようになった。30キロ圏内の立ち入り禁止区域に入ると、文明の抜け殻となったビルが立ち並んでいた。「4キロ離れたプリピァチの団地で16階建の屋上から見ると、ご覧のように紅葉した木々が広がる。その奥に見えるここがチェルノブイリの石棺です。自然に飲み込まれる難破船のように見えます」。横長のパノラマ写真を説明した。

 

3.11大震災の時はチェルノブイリ25周年写真展の準備をしていた。「福島はどう追いかければいいか答えが出なかった。むしろ、またチェルノブイリに足は向かいました」

 

●記憶の強制終了 『原発事故由来強制廃棄個人財産』 肉体感覚

 

2013年、東京五輪開催が決まる。「これで流れが変わると思ったのです。福島の忘却が始まる、と」。浪江町に企画書を出し、「公益」目的の一時立ち入りパスを発行してもらった。

 

チェルノブイリの俯瞰パノラマ写真と対応するのは、シャッターが下ろされ窓が割れた商店を一軒一軒撮影し、横長につないだパノラマ写真だ。どちらも人間が消え、真昼間なのに奇妙に静まり返っているのが、視覚でわかる。

 

「チェルノブイリも福島も、すぐに帰れるといわれて車に乗せられた。それから子供たちは一度も帰っていない。8500キロの距離を隔て、25年の時間を隔て、同じように記憶を切り落としてしまったのです」

 

「人々の記憶、土地の歴史、人間のつながり。そういったものを核災害は強制終了させてしまう」

 

「福島のどこに行っても黒いフレコンバッグがうず高く積まれています。放射能汚染物だ、といわれるが、土地の人は『詰め込まれているのは俺たちの記憶なんだ』といっていました。だから、ぼくは『原発事故由来強制廃棄個人財産』と呼ぶことにしたのです」

 

とつとつとした語り口だが、写真に劣らずインパクトを持つことばを放つ。

 

「見えない放射能をどうすれば見えるようにできるか。可視化して肉体感覚として放射能災害を体験する。身体の中に入ってきて記憶する。写真に語らせる、というか。福島にはものすごいパワー、メッセージがあるんです。メッセンジャーとして媒介して届けたいと思います」

 

●傷を癒すかさぶたのように緑が飲み込む

 

2月末、福島の写真集「かさぶた 福島 The Silent Views」(東邦出版)を出版した。何度もページをめくり返し、写真の隅々まで読み込みたい記録だ。生い茂るセイタカアワダチソウ。アスファルトを割って育つ草。ガソリンスタンドが一面、緑で覆われる。見事に咲いただれも見ない桜にビニール片がひっかかる。

 

「人間の時間が停止すると、自然の姿がわきおこるんでしょうね。かさぶたが傷を癒すように、植物が人間の作った構造物を飲み込んでいました」

 

5年たった無人の町で写真家のシャッター音だけが聞こえるだろう。


ゲスト / Guest

  • 中筋純 / Jun Nakasuji

    日本 / Japan

    写真家 / Photographer

研究テーマ:3.11から5年

研究会回数:9

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