取材ノート
ベテランジャーナリストによるエッセー、日本記者クラブ主催の取材団報告などを掲載しています。
青木義道さん 滋賀県初の公立夜間中学校の教頭/「誰も取り残さない」の実践(浅井 弘美)2025年6月
「浅井さん、お元気ですか?」
そんな一文で始まるメールが、時折届く。差出人は、滋賀県湖南市に今春開設された夜間中学で教頭を務める青木義道さん。私はかつて、青木さんの活動を何度も取材した。現場を離れた私に、今も温かい言葉で励ましてくれる。
2016年、青木さんは外国人集住地として知られる、市内の中学校で日本語教室を担当していた。外国籍の子どもたちが、自分の言葉や文化に誇りを持ち、日本社会との懸け橋になれるように―そんな願いを込め、国際交流グループ「カリーニョ(ポルトガル語で「優しさ」の意)」を立ち上げた。
■外国籍の子へ「母語で語る」
幼くして来日した子どもたちは、時に日本語も母語も十分に話せず、教室で孤立する。家庭では、働きづめの親とすら会話が難しいことも。そんな子どもに必要なのは「まず母語で語りかけること」だと、青木さんは言う。その言葉の背景には、言葉が通じず苦しんだブラジル留学時代の記憶がある。寄り添ってくれた友人や宿を提供してくれた日系ホテルのオーナー。異国で受け取った優しさが、今も青木さんの原点だ。
「次は自分が恩返しをする番だ」
その思いを胸に、青木さんは教師となり、生徒と保護者の通訳を務め、進学に悩む子の相談にも応じた。だが、保護者への連絡プリントはなかなか読まれず、伝わらないもどかしさに悩んだ。そんな時、妻の美智子さんが作ったのが、青木さんの似顔絵と一緒にポルトガル語で「IMPORTANTE(重要)」と記したスタンプ。それを押せば、プリントは一目で「大切なもの」と伝わる。この小さな工夫が、やがて全国に広がり、ブラジルの国民的漫画「モニカ&フレンズ」の作者から、スタンプ絵柄に「キャラクターを使って」との申し出が届いた。スタンプは種類も増え、学習ドリルにも活用。言葉の壁に悩む子どもたちへのエールとなった。
■ぬくもりにあふれた 涙
私は2021年に生きがいだった記者職を離れた。喪失感の中、青木さんに送った異動を知らせるメールの返信には、青木さんの活動を報じてきたことへの感謝が綴られていた。その心遣いに救われ、後に社内で立ち上げたポッドキャストでは、青木さんの活動を音声でも伝えたいと考えた。青木さんに打診すると快諾してくれ、カリーニョの活動の柱となるポルトガル語講座の模様を収録した。コロナ禍で会えなかった仲間との再会の喜びや今後の活動への期待を語るその声は、多くの人の心に届いた。
記者時代、幼いわが子を連れて現場に通ったこともある。青木さん夫妻の家族の輪に溶け込んだ日々は、今も温かい記憶だ。2024年2月、カリーニョの7周年イベントで、美智子さんと久しぶりに再会した。青木さんから事情を聞いたのだろうか。何も言わず、私をそっと抱きしめてくれた。そのぬくもりに、張りつめていたものがほどけ、涙があふれた。
今年、青木さんは国籍や年齢も異なる21人の生徒と共に、滋賀県初の夜間中学で新たな一歩を踏み出した。誰も取り残さない教育を行動で示し続ける人。夢を諦めなくていいと静かに背中を押してくれる人。「カリーニョ」は、青木さんの人生そのものだ。受け取った優しさを、次の誰かへ渡すリレー。私もそのバトンを受け取った一人として、言葉の力で誰かの心にそっと寄り添っていきたい。
(あさい・ひろみ 2005年中日新聞社入社 教育報道部 京都支局などを経て 21年から電子メディア局)