会見リポート
2016年06月27日
15:00 〜 16:30
10階ホール
「蔡英文の台湾」②東アジア情勢への影響 松田康博 東京大学教授
会見メモ
東大東洋文化研究所の松田教授が蔡英文政権の現状と展望について解説し、記者の質問に答えた。
司会 坂東賢治 日本記者クラブ企画委員(毎日新聞)
会見リポート
「原則と柔軟性」のせめぎ合い 中台関係の今
五味 洋治 (東京新聞編集委員)
日本では、中国大陸に比べ、台湾に関する報道は圧倒的に少ない。
しかし、今年1月の総統選挙で8年ぶりに政権交代が実現してからは、様相が違っている。中国との関係に慎重な最大野党・民進党の蔡英文主席が、台湾史上初の女性の総統に決まったからだ。
日本では蔡氏の著書が翻訳出版され、台湾に関する本も売れ行きが好調だ。関心はやはり、台湾がどんな間合いを取って、巨大で傍若無人にみえる振る舞いをする中国に立ち向かうのか、という点だ。
長年台湾の研究に当たってきた松田康博教授は、この問題を読み解くカギを「原則と柔軟性」という分かりやすい言葉で表現した。
中台双方とも、そもそも「1つの中国」という原則をめぐる立場の違いがある。しかしお互い原則を維持しながら、時に柔軟に対応することで正面衝突を避けてきた。交流を維持する努力も続けている。
台湾独立志向の強い民進党政権になっても、「双方の姿勢がうまくかみ合えば、関係が平和的に発展できる」と松田氏は説明する。
そこで、やはり蔡英文氏がどんな政治家なのかが気になる。その点、松田氏が紹介した蔡氏の経歴には発見が多かった。
蔡氏は台湾大学で法律を学んだ後、英国で国際貿易法の博士号を取った。純粋な学者だったが、台湾ではこの分野の専門家は数えるほどしかおらず、政府に乞われて国際貿易交渉の担当者に抜擢される。
徐々に政治にも関与し、李登輝政権時代(1988-2000年)には、中台関係の政策を受け持つ行政院大陸委員会の主任委員(大臣に相当)に就任し、歴史的に重要な文書の起草者にもなっている。
つまり、蔡氏は「引く手あまたの人材であり、めきめきと実力をつけた鉄壁の交渉者」(松田氏)なのだという。
単に「初の女性総統」と見ていたら大きな間違いであり、蔡氏の政治的手腕についてもっと注目すべきだと実感した。
民進党に対抗する国民党は内部分裂が深刻で、今後2期8年、蔡政権が続くと予測したうえで松田氏は、「中国側は、蔡総統が中台関係についてどんな表現を使うか、待っている」状態であり、「(中台は)宙ぶらりんの冷たい平和を維持している」と表現した。
松田氏の指摘する通り、タフな交渉人である蔡総統は、中国側の要求を念頭に置きながら、「熱い戦争」にならないよう状況を巧みに制御するだろう。この中途半端な状態が続き、新たな中台関係として定着する可能性もある。
ただ中国側は、待つ一方で台湾への締め付けも徐々に強めているようだ。
中国側は、総統選前後に蔡氏側に3つの要求をしたという。松田氏が独自に取材した結果、浮かび上がったものだ。
経済関係の協定実現や、両岸関係を担当する人事、最後が、いわゆる「92年合意」を認めよ―というものだという。
この合意は、中国と台湾が1992年に香港で合意したとされる交流の原則を指す。「1つの中国」の原則を互いに認めつつ、その解釈はそれぞれに委ねるとの内容だ。
蔡氏は立場上、この合意を100%受け入れるわけにはいかないが、中国側の要求水準を見極めながら時期と表現を探っている。
中国側は、さまざまな形で蔡氏を牽制し、圧力を強めている。文字通り、「原則と柔軟性」の激しいせめぎ合いといえよう。
「1つの中国」をめぐる中台間のデリケートな外交的駆け引きは、日本からは見えにくく、理解しにくい部分も多い。
それだけに、たびたび現地に足を運び、流れや空気を確かめている松田氏の的確な解説は、私だけではなく、聞く者の理解を大いに助けたに違いない。
ゲスト / Guest
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松田康博 / Yasuhiro Matsuda
日本 / Japan
東京大学教授 / Professor, Tokyo University
研究テーマ:蔡英文の台湾
研究会回数:2