2009年10月19日 00:00 〜 00:00
エマニュエル・トッド・歴史人口学者・家族人類学者

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会見リポート

近藤 健 (元毎日新聞論説委員)

「フランスの伝統に反する人物が大統領になった。言葉は乱暴だし、個人生活を臆面も無く曝け出す」と、のっけから歯切れのいいサルコジ大統領批難を展開した。サルコジ現象はフランス民主制の危機であって、その背景分析が新著『デモクラシー以後』の内容であるという。

グローバリズム下の自由貿易によって、低賃金の海外労働者や移民との競争を強いられ、給与が低下、内需は縮小、民衆の不満は高まっている。フランスはずっと選挙で左と右の選択肢が呈示され、民衆の不満や希求を汲み上げる構造になっていた。ところがいまや左右エリートはともに自由貿易を信奉し、サルコジ大統領は移民排斥の極右を取り込むとともに、社会党から閣僚を任命するなど左をも取り込み、その社会党はサルコジ政権にすり寄って同調している。いまフランスは一切の政治的イデオロギーが解体している「無重力状態」にあって、教育格差の拡大によるエリートの寡頭制によって民主制は衰退の過程に足を突っ込んでいる。選択をおこなう普通選挙の意味が失われているという。左の立場のトッド氏は、サルコジ批難と同等に、社会党の不甲斐なさを嘆いているようにも聞こえた。

ではどうしたらよいか。トッド氏はヨーロッパが「一時的」に協調的な保護貿易主義をとることによって、給与の再上昇と内需拡大をはかり、民族的な排外主義に向かうのを防ぎ、普通選挙不要という事態を阻止できるという。自由貿易に反対ではないというが、ヨーロッパ・ナショナリズム(という言葉があれば)の匂いが漂っていると感じたのはひが目か。

1976年に乳幼児死亡率の上昇を根拠にソ連の崩壊を予告、2002年に『帝国以後』で「世界はもはやアメリカを必要としない」とアメリカに弔辞を突きつけたトッド氏。フランス民主制危機の予告は、他の先進民主制国にも当てはまるのかと、話を聞き終えて考えた。

ゲスト / Guest

  • エマニュエル・トッド / Emmanuel TODD

    フランス / France

    歴史人口学者・家族人類学者 / Historical demographer;Family Anthropologer

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