取材ノート
ベテランジャーナリストによるエッセー、日本記者クラブ主催の取材団報告などを掲載しています。
山野千枝さん ベンチャー型事業承継代表理事/「アトツギ」 意識改革呼ぶ(高橋 寛次)2026年7月
長い間記者として働くと、若い頃に会った人が後に大活躍するといううれしい知らせを聞くことがある。私にとって一般社団法人「ベンチャー型事業承継」代表理事の山野千枝さんはそうした知り合いだ。山野さんは中小企業の後継者を「アトツギ」と片仮名で呼ぶことで新しい意味を与え、意識改革を促した。その取り組みが国を動かし、ビジネスアイデアを競う「アトツギ甲子園」(中小企業庁主催)の開催につながった。
私は2003年に異動した大阪経済部が初めての本社出稿部で、担当は中小・中堅企業だった。縁もゆかりもない関西で戸惑いながら取材する日々。取材対象となる企業を紹介してくれる大阪市のベンチャー支援施設「大阪産業創造館(産創館)」はありがたい存在で、この施設の広報担当者が山野さんだった。
国も動いて「甲子園」開催
私も当時、山野さんの依頼で初めて、シンポジウムに登壇する機会も得た。明るくて、会う人を前向きにするような力を感じたが、それが国も巻き込んだ「うねり」をつくっていくということまでは予測できなかった。同時期に取材していた中小企業家同友会の担当者から、中小の最大の課題は、後継者不足だと聞いていたが、山野さんがその後取り組んだのはまさに、後継者不足解消の手段の一つとして有意義なものだった。
きっかけは、産創館のフリーペーパー「ビープラッツ」の編集に携わり、さまざまな企業を取材し、同族経営企業の意外な一面を発見したことだったという。一般的には伝統を重視し、変化に乏しいとされるが、企業によっては目覚ましいイノベーション(技術革新)を起こして進化を遂げていたのだ。
そして、大学の非常勤講師として、主に中小企業後継者を対象としたゼミを開設。集まった20人以上の学生に「後継ぎ」のイメージを聞いたところ、「親との確執」「借金」「義務感」「古い組織」などのネガティブな言葉。家業を継ぐことへの抵抗感を強く感じたという。そこで、家業を継いで自らの創意工夫で事業を拡大した経営者を講義に呼んで直接、語り掛けてもらったところ、彼らの考えが前向きに変わっていくのを実感した。このゼミを通し、後継ぎの意識変革を促す取り組みについて「本当に価値があると確信した」と振り返る。
政策提言やイベントの提案などの活動を経て、国も動いた。21年、初めてのアトツギ甲子園が開催される。
私はさまざまなメディアやSNSでの本人の発信で、山野さんの活躍を見聞してきた。千葉総局のデスクだった23年には、千葉県のアトツギ甲子園への出場者を取材。経済部次長として東京に戻った24年には都内で再会し、アトツギ支援に携わるまでを語ってもらい、記事にした。
MANGAのように世界へ
今年2月には初めて、都内で開催された第6回アトツギ甲子園を取材。全身全霊でプレゼンに挑むアトツギたちの姿を見て、一人の女性の情熱と行動力がもたらしたものの大きさに改めて、心を動かされた。山野さんは、「ATOTSUGIをKAIZENやMANGAのような世界標準ワードにしたい」と、海外展開を視野に入れる。今後も、その取り組みの行く末を見守りたいと思う。
(たかはし・かんじ 1997年7月産経新聞社入社 経済部長)
