2016年02月24日 16:00 〜 17:30 10階ホール
著者と語る『ルポ 雇用なしで生きる』 ジャーナリスト 工藤律子氏

会見メモ

『ルポ 雇用なしで生きる―スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦―』の著者、』工藤律子氏が会見し、記者の質問に答えた。
司会 中井良則 日本記者クラブ専務理事


会見リポート

ポデモスの登場と連帯経済の試み スペインで広がる「脱既成」のうねり 

北郷美由紀 (朝日新聞社オピニオン編集部)

既成の政治や既得権層に対する不満や怒り。連日のように伝えられるアメリカ大統領選での民主、共和両党の予備選は、それらが大きなうねりになろうとしているさまを、私たちに見せつけている。ところがジャーナリストの工藤律子さんによると、同国ではそうしたうねりがすでに実際の政治に結びつき、現実の政治を変え始めているのだという。

 

2011年が日本で特別な年であるように、スペインでも2011年は転機の年となった。始まりは5月15日。当時日本にいた工藤さんは、電話の向こうで友人たちが「革命が起きている!」と叫んでいたことを、鮮明に覚えている。

 

この日、政府の緊縮財政により教育や福祉予算が削り込まれることに反対するデモが、50以上の町で一斉に行われた。スペインでは70年代後半から二大政党による政権交代が続いてきた。ところが、この日路上に出てきた人たちに共通していたのは、もはや既成政党に任せてはおけないという思いだった。メディアはデモの参加者たちを「怒れる者たち」と呼んだ。

 

参加者たちは広場にテントを作って、市民議会を始めた。そこでは盛んに議論が交わされた。それがやがては、各地で自発的な地区議会をつくる活動につながっていく。1周年となる2012年から、5月15日から始まった動きを取材した工藤さん。怒りの表明から始まった動きが、自分たちなりに問題の解決策をさぐろうという方向に進化していく様を目の当たりにしたという。

 

そうした進化の先に現れたのが、ポデモス(スペイン語で「私たちはできる」という意味)という政党だった。加わったのは学者や教師、NGOの職員などそれまで政治と関係のなかった人が多い。そのなかには工藤さんの友人たちもいた。その躍進ぶりは日本でも報道されている通りだ。初めて臨んだ15年12月の総選挙で、第三党に躍り出た。

 

この総選挙では、単独政権を作るのに必要な票数をどの政党も得られなかったため、連立政権をめぐる交渉が今も続いている。ポデモスは社会労働党を中心とする協議に参加して注目されていたが、既成政党との距離は埋めがたいようで、野党の立場で国政に参加していくことになりそうだ。

 

こうした政治の動きに注目することはある意味当然だが、工藤さんはスペイン社会の変化にも目を凝らしている。社会の基層を変えていきそうな取り組みが広がっているからだ。根っこにあるのは、経済危機とその後の緊縮財政で「お金に振り回された」ことに対する、人々の反省と抵抗だ。

 

その代表例は、「時間銀行」。自分が得意なこと、できることを事前に登録しておき、要請があれば赴いてお手伝いをし、報酬として時間を貯金する。代わりに誰かに頼みたいことがあった時にはその時間の貯金を使って、やってもらう。推進する中心人物が、普段は銀行勤務で融資の担当をしているというところが、さらに興味深い。

 

「時間銀行」は学校教育にも活用されている。子どもたちが、学力で輪切りされたところではないところで、自己肯定感を高めるのに効果を上げているという。

 

ほかにも、社会的連帯経済の実践が紹介された。労働者協同組合をつくって、障害者の雇用や、地産地消、有機栽培を進める取り組み。日本では地域通貨として知られる補完通貨も、さらに根付いているという。それらを成り立たせている制度として、組合法が充実していることについても、指摘があった。

 

5・15を起点とする政治の変化と、じわりと広がるお金にたよらない社会の仕組み。それらを取材した成果は、『雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつ生き方」への挑戦』」(岩波書店)という近著にまとめられている。

 

怒りの表明から始まったうねりは、自分たちの手で政治を動かそうと政党の結成につながり、いまや現実の政治を実際に動かしている。一方で、お金に100%は頼らない(支配されない)ようにするための、地域での模索が続く。どうやら新たな潮流を生み出すひとつの波頭が、スペインで起きているようだ。


ゲスト / Guest

  • 工藤律子 / Ritsuko Kudo

    日本 / Japan

    ジャーナリスト / Journalist

研究テーマ:『ルポ 雇用なしで生きる』

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