2011年06月29日 16:00 〜 17:30 10階ホール
シリーズ企画「3.11大震災」 東日本大震災と救急医療 福島第一原発事故への対応

会見メモ

日本救急医学会が組織している福島第一原発事故緊急ワーキンググループの機能と活動について、救急医学会の幹部が記者会見した。
­説明したのは△太田祥一・東京医科大学教授・日本救急医学会広報委員会委員長△有賀徹・昭和大学病院長・同学会代表理事△坂本哲­也・帝京大学教授・同学会理事、福島原発事故緊急ワーキンググループ担当理事△山口芳裕・杏林大学教授・同学会理事、福島原発 事故緊急ワーキンググループ委員長(発言順)

救急医学会原発事故緊急ワーキンググループは政府の現地対策本部がおかれたオフサイトセンター(福島県庁内)に災害医療アドバイ­ザー(のべ28人)を派遣し、さらに救急搬送の拠点となるJヴィレッジの医療チームに総括医師(のべ29人)を送っている。原発­敷地内で働く作業員2000人の救急・災害医療の指揮・調整にあたっている。派遣された学会の医師は所属する病院など機関からの­出張として無報酬で出動している。原発敷地内の救急患者は、放射線被ばく量を測定し、必要な場合は除染措置をとってから病院に搬­送しなければならない。原発から20キロ離れたJヴィレッジまで東電の車で運び、Jヴィレッジからドクターヘリや救急車で病院に­運ぶので、通常の救急患者より時間がかかる。救急車やドクターヘリは20キロ圏内には入れない、という。原発からJヴィレッジへ­搬送された患者は計53人。うち死亡1人、全身除染3人(放医研へ搬送)、負傷33人、熱中症・脱水症状7人だった。

日本救急医学会のホームページ
http://www.jaam.jp/index.htm

資料
http://www.jnpc.or.jp/files/2011/06/024bc921fe6227ee48374e1526bebad6.pdf


会見リポート

Jヴィレッジにも総括医を派遣

小川 明 (共同通信編集委員)

3月11日の大震災では全国の多くの医療者が被災地に駆けつけた。日本救急医学会の会員は震災直後に災害派遣医療チーム(DMAT)として出動し、福島第一原発事故でも現地の医療班に加わってきた。その活動を学会幹部が語った。


「原発事故には学会として体制を構築してきた」と広報委員長の太田祥一東京医大教授。代表理事の有賀徹昭和大病院長は「国難に当たり、培った技量を使おうと対応した。志高く、調整役を果たすため、原子力の健康被害に詳しい救急の総括医を派遣した」。


原発事故担当の学会理事、坂本哲也帝京大教授は「消防隊の放水活動を支援したことから始まった。現地拠点のJヴィレッジで組織的な医療が提供されていないことを知った。多数の被ばく者が発生した場合への備えのほか、熱中症やけがへの対処が必要と考え、災害医療の専門家集団として関わることを決めた」と話した。福島県庁に設置された現地対策本部とJヴィレッジにそれぞれ3カ月で延べ約30人が入った。


東京消防庁のアドバイザーとして最初に入った山口芳裕杏林大教授が学会の福島原発事故緊急ワーキンググループ委員長を務める。山口教授は「消防隊員の命を守り、地域を守り、国家を守ってきた。福島第一原発に2000人以上が働いている。これまで53人の患者の搬送や治療に関わった」と報告した。


事故は長期化している。有賀代表理事は「頑張ろうという精神力だけでは駄目。この秋が来れば、現地の救急医療の仕組みを積み上げないといけない」と指摘した。未曽有の原発事故の医療にどう取り組むか。先はまだ長い。大きな課題である。


ゲスト / Guest

  • 太田祥一 東京医科大学教授 日本救急医学会広報委員会委員長 有賀徹  昭和大学病院長 同学会代表理事 坂本哲也 帝京大学教授 同学会理事 福島原発 事故緊急ワーキンググループ担当理事 山口芳裕 杏林大学教授 同学会理事 福島原発 事故緊急ワーキンググループ委員長

    日本 / Japan

研究テーマ:シリーズ企画「3.11大震災」 福島第一原発事故への対応

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