2008年02月22日 00:00 〜 00:00
亀山郁夫・東京外国語大学「ロシア」10

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会見リポート

天上のパンか地上のパンか

澤 英武 (個人会員 産経新聞出身)

いま、ドストエフスキーの最高傑作、『カラマーゾフの兄弟』(光文社古典新訳文庫全5巻)が売れに売れている。読書離れが嘆かれる今日、この超硬派の文学作品が計64万部も出た。ブームの火付け役は30歳代の女性層だという。

訳者の亀山郁夫東京外語大学長が当クラブ「ロシア研究会」で売れる工夫の一端を披露してくれた。

晦渋を極める原作は底の見えない泥沼のごとく、それは雪解けで泥んこになるロシアの大地と共通している。亀山氏は、原書の雰囲気まで忠実に伝えようとした従前の訳文体を棄て、透明度を高め、“水底が見える”平易な訳を心がけたという。確かに、米川正夫、原卓也らの訳書に比べ、亀山訳は「読む前の覚悟」なしで、すんなりカラマーゾフの世界に入っていける。原作者と訳者の関係は、作曲者と指揮者に対比される、これが亀山氏の考え方である。

亀山学長はドストエフスキー作品の背景に、アレクサンドル2世の農奴解放で僅かに開かれた自由
の窓に知識人が過剰な期待を膨らませ、ついに皇帝暗殺まで暴走する一面と、帝政権力下での苦難を甘受するマゾヒズム体質の別の面とを併せ持つロシア人の世界を指摘する。

ゴルバチョフ─エリツィンと続いた自由・民主化路線から、一転してプーチン政権は帝政ロシアに先祖返りするかのように、抑圧路線を進めている。亀山氏は最近のロシア取材旅行の印象から、ノーベル文学賞のソルジェニーツィン氏を含め、ロシア人の大半がプーチン路線になびいているが、それは「地上のパン」派、そしてごく僅かながら、映画監督アレクサンドル・ソクーロフのような「天上のパン─精神の自由」派の存在を指摘、ドストエフスキーの時代と重ね併せてみせた。
 

ゲスト / Guest

  • 亀山郁夫 / Ikuo KAMEYAMA

    日本 / Japan

    東京外国語大学学長 / President, TUFS

研究テーマ:ロシア

研究会回数:10

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