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原発処理水放出に中国禁輸/陸奥湾ホタテ ナマコ直撃/巨大市場へシフトの果てに(伊藤 卓哉 河北新報社青森総局)2024年3月

 東京電力福島第1原発の処理水放出を巡って中国が水産物の禁輸措置に踏み切り、青森県産のホタテやナマコが行き場を失った。長年にわたって「お得意さま」としてきた巨大市場への依存度は高く、漁業関係者の打撃は計り知れない。 

 欧米や東南アジアなどでも好まれるホタテは、輸出に適した商材だ。日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、2022年の輸出量は青森県が8826㌧。そのうち、中国向けは重量ベースで約85%に上った。 

 中国の禁輸で状況は暗転する。県内のホタテ加工業者約20社は禁輸措置のあおりを受け、約7500㌧(昨年9月末時点)の在庫を抱える窮地に追い込まれた。県とむつ市は、国の補助金を活用し、業者からホタテを買い上げて学校給食に無償提供するが、総量は約14・5㌧。根本的な解決に至らないのが現状だ。 

 市場では、最大産地の北海道産も大量にだぶつき、バイヤーの買いたたきが始まったため、値崩れを起こす。その結果、安価になった北海道産がスーパーで大量に販売され、青森県産が陳列棚の隅に追いやられる危機にさらされた。 

 

■スピード・桁違いの契約量

 東日本大震災以降、中国は原発事故の影響から宮城、福島など計10都県の水産物の禁輸措置を続けてきた。東北で中国への輸出が突出していたのが、対象外の青森県だった。財務省貿易統計では、直近の22年は東北で47億2600万円だが、青森県は41億2200万円で約9割を占めた。 

 青森の中国シフトがそこまで進んだのは、「他国にはない取引のスピード感と桁違いの契約量」(青森市のホタテ加工業者幹部)が主な要因だ。22年に発効された日中韓などが加盟する地域的な包括的経済連携(RCEP)協定で、中国向けのホタテが早ければ10年ほどで関税が撤廃されるという追い風も吹いていた。海を隔てた大国の魅力的な条件を前に、他国への販路開拓が進まない状況が生まれた。 

 全世界的に需要があるホタテは、「中東や南米でも引き合いがある」(ジェトロ青森担当者)といったわずかな光がある。ただ、ナマコはそうもいかない。 

 ナマコは、中国で高級食材として扱われ、高値で取引されてきたことから「黒いダイヤ」とも呼ばれる。薬効豊かな「海の高麗人参」とされ、贈答用でも重宝されてきた。ある専門家は「接待でも使われ、相手によってもランクが変わる。換金材としての用途もある」と明かす。 

 県産ナマコの輸出額は中国向けが22・41㌧でおよそ7割。ホタテは春から夏に水揚げの最盛期を迎えるのに対し、ナマコは冬に漁が本格化する。陸奥湾内の漁師にとって、ナマコはホタテと双璧を成す収入源となっている。 

 ナマコは、国内での消費量も少ない上、基本的に中華圏以外の輸出先がない。使用用途が限られる食材で、販路の広がりに欠く。各国のチャイニーズタウンを標的としても、取り扱いは微々たる量にとどまる。 

 

■足並みそろえて漁見送る

 青森県漁連はナマコ漁を行う県内27漁協で足並みをそろえ、昨年10月の漁を見送った。水揚げしても買い手が付かないためだ。禁漁は1カ月で終了したが、県漁連幹部は「業者の買い取りがなければ、漁に出ても意味がない。見合う分のナマコを捕るしかない」と嘆いた。 

 震災から間もなく13年。原発事故の影響はいまだに水産業界にまとわりつく。青森県の重要な産業を守っていくためにも、行政と民間事業者がタッグを組み、リスク分散を図るための輸出ルートを確保するのが急務だ。

 

いとう・たくや▼2013年入社 報道部 山形総局などを経て 21年10月から現職

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