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ハプニング続いた世界一周クルーズ(中西 享 経済ジャーナリスト・共同通信客員論説委員)2023年9月

 体が元気なうちに一度は体験してみようと、ことし4月から7月にかけてピースボートが主催する108日間の世界一周クルーズに乗船した。乗客約1400人を乗せたパシフィックワールド号(77千トン)は、横浜港を出た後、神戸港に立ち寄ってからマニラに向かった。

 

クレームの嵐

 

 コロナ禍で3年ほど世界一周クルーズができなかったため、このクルーズ船も運航していなかった。そのせいもあってメンテナンスが十分でなく、乗船の初日からトイレの水が出ない、あふれたなどといったクレームが相次ぎ、対応する窓口はてんやわんやだった。

 ピースボートと旅行会社のジャパングレイスは、コロナ禍が長期化してクルーズを出せなかったため、キャンセルが急増して資金繰りが苦しくなっていた。このため、多少無理をしてでもとにかく船を出さなければ資金が回らない瀬戸際に立たされていた。マニラを過ぎたあたりでやっと落ち着いてきたかと思ったら、恐れていたコロナの船内感染が発生、ピースボートは患者数を公表していないが、100人近くになったのではないだろうか。筆者も感染して、あらかじめ用意されていたコロナ病棟に1週間隔離された。

 乗客はワクチンの接種証明と乗船3日前のPCR検査での陰性証明が義務付けられていた。それにもかかわらず患者が多数発生した。主催者側はこのリスクを考慮して、乗客定員が2400人のところを今回は1400人とかなり抑えてはいた。幸いにもシンガポールを過ぎたあたりから患者数は急速に減ったため、日本へ引き返すという最悪の事態は免れることができた。

 

乗客の多くは高齢者

 

乗客のうち年代別の内訳は、70歳から90歳代が55%、50歳から60歳代が30%、40歳代以下が15%という構成で、高齢者が多いのが特徴。90歳の高齢者も数人乗船していた。リピーターの割合は約3割と高く、毎回のツアーを楽しみにしている高齢者の固定ファンがいる。

そこで心配されるのが、緊急治療が必要となる重病患者が発生することだ。船に医師は乗ってはいるが、緊急対応できるような設備はなく、命にかかわるような患者が発生した場合は、近くの陸地にある病院に搬送せざるを得なくなる。今回もこうしたリスクに直面、3回ほどヘリコプターによる重症患者の緊急搬送があったようだ。

 30歳くらいまでの若者も100人ほどは乗船していた。彼らの乗船動機が気になった。何人かにインタビューしてみると、今働いている会社を退職、休職して長旅に参加している若者が何人もいた。20歳代で就職せずに乗船している若者の多くは、ピースボートツアーの宣伝ポスターを飲食店に張ることで旅行代金が一部免除される制度を活用するなどして乗船していた。

 そのポスター張りは、種類にもよるが一定期間に2千枚以上も張らないと、世界一周分にはならないとかで、数百枚を張ってきた若者に聞くと「スターバックスのようなチェーン店は張らせてもらえないので、多くは個人営業の飲食店を狙って訪問する」そうで、飛び込み営業をしているようなものだ。

乗っている若者世代に職業を尋ねると、看護師を辞めて乗船している若者が数人いるなど、保育士、理学療養士などいわゆる「士業」資格を取得している人が多くいた。筆者の世代では、終身雇用が当たり前の時代だったため、簡単には辞めないのが通常だった。だが、いまの若者世代は違うようだ。

 

若者は人手不足を逆手に

 

コロナ禍で圧倒的な人手不足だった医療関係者が、よく思い切って辞められたものだと聞いてみると、共通していたのは「仕事が嫌で辞めたわけではなく、このまま看護師だけの世界で人生を終わりたくなかった」というものだった。国家資格は取得していれば、一生、資格が消失することはない。人手不足を逆手にとって、自分の人生を見つめ直すためのピースボートへの乗船だった。

 福岡市内の病院で働いていた佐々木志穂さん(28)は、看護師として4年間働いて退職した。「もともと海外に興味があって、このままずっと看護師として働いているのはどうかなと思いだして、ピースボートに乗って海外を見てみたくなった。今後は看護師を生かした仕事に就くかどうかは未定だ」と話した。

同じく看護師の村岡秀雄(じょなさん)さん(29歳)は、愛知県春日井市内の病院に5年勤務して、その後は留学する予定だったが、コロナ禍で行けなくなった。このためトラベルナースという派遣看護師や訪問看護、リハビリ病院などに3年間勤務、合計8年間看護師として働いた。ピースボートで割安で行ける世界一周プランがあるのを知り、これで視野を広げるのもいいかなと思って乗船したという。「看護師の資格を持っていれば、辞めてもすぐに復職できるという安心感はある」と説明する。

 

根強いクルーズ需要

 

 コロナ禍が収束して、旅行ブームが到来、中でもゆっくりとしたペースで観光地を回れるクルーズツアーの人気が高まってきている。世界的にみても、クルーズライン・インターナショナル・アソシエーション(CLIA)の発表によると、2023年の世界のクルーズ人口はコロナ禍前の19年比で106%、3150万人に達するとの見通しだ。しかし、欧州では大型クルーズ船の寄港は「観光公害」を引き起こす要因だとして、オランダのアムステルダム港が今年7月から市の中心部への寄港を拒否するなど、クルーズ船の大型化には課題も浮上しきている。

 ピースボートの世界一周クルーズの予約状況は、今年8月と12月に出るツアーはいずれもキャンセル待ちの満席状態で、クルーズ需要は根強いものがある。

 日本船の大型クルーズ船を見ると、豪華さが売りの「飛鳥Ⅱ」(5万444㌧、872人)を運航している日本郵船系の郵船クルーズは、これまでコロナ禍のまん延を警戒して世界一周クルーズを手控えてきたが、来年4月から再開を決めている。日本郵船は「飛鳥」の後継船「飛鳥」(5万2000㌧、740人)を欧州の造船所で建造しており、2025年から就航させるとしている。また「にっぽん丸」(2万2472㌧、449人)を運行している商船三井客船は、クルーズ需要はさらに拡大すると見込んで、今後、2隻のクルーズ船を建造して就航させると発表している。

 

分散化が必要

 

 ギリシャのパルテノン神殿、スペインのサグラダ・ファミリア(大聖堂)といった世界的に有名な観光地は、すでに観光客であふれている状況だ。今回訪問したパルテノン神殿は、入り口に到着するまでに長蛇の列で、ゲートに入るまでに40分以上も立ったまま並ばなければならなかった(写真下)。幸い日中の気温はそれほど暑くはなかったが、伝えられる8月の40度近い熱波の状況では炎天下で長時間待つのは耐えられないだろう。現実にギリシャでは一部で入場制限が行われているという。これに加えて中国政府が一般国民の海外旅行を解禁すると、中国人が大挙して押しかけ、有名観光地はさらに混雑することになり、ツアー客の満足度は低下するのは必至だ。

 また今回のツアーで問題になったのが観光地でのトイレの少なさだ。あまり観光客が来ないスポットでは、トイレはせいぜい1~2つしかない。ここに一度に数十人も押しかけると、トイレ休憩するだけで30分以上も時間が経過してしまう。年間を通じた観光客はそれほど多くないこうしたスポットでトイレを増やすのは難しく、ツアーをする側が分散するなど工夫する必要がある。

 

 

 

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