ベテランジャーナリストによるエッセー、日本記者クラブ主催の取材団報告などを掲載しています。


3・11から11年:(2022年3月) の記事一覧に戻る

処理水 海洋放出着手まで1年/「官製風評」のタイトルで警鐘(福島民報社報道部副部長 鈴木 仁)2022年3月

 東京電力福島第一原発が未曽有の事故を起こしてから11年。廃炉に向けては溶融核燃料(デブリ)の取り出し、放射性廃棄物の処分などの作業が山積している。喫緊の課題となっているのは、放射性物質トリチウムを含む処理水の処分だ。国民の理解が深まらないまま、政府が海洋放出へと突き進めば、福島県民は風評の「上乗せ」に間違いなく苦しめられるだろう。

 福島第一原発ではデブリを冷やすための注水や流入する地下水などで今も汚染水が増え続けており、多核種除去設備(ALPS)で処理しタンクに保管している。保管中の処理水は2月24日時点で約129万㌧に上っている。

 政府は昨年4月、処理水を福島第一原発敷地内から海洋放出するとの方針を正式決定した。福島県内で新たな風評が生じるとの懸念が渦巻く中、県民の反対意見を押し切る形で政治判断に踏み切った。菅義偉首相(当時)は海洋放出を決定した関係閣僚会議で「政府が前面に立つ」と強調し、処理水の処分に関する基本方針に「風評影響の払拭に向けた地元の懸命な努力が水泡に帰すことのないよう真摯に向き合わなければならない」と明記した。

 

政府対策は焼き直しばかり

 昨年末には、海洋放出処分に伴う風評抑制、事業者支援策などの行動計画をまとめた。今後1年間の主な取り組みは「風評を最大限抑制する処分方法の徹底」「モニタリングの強化・拡充」「国際機関等による監視・透明性の確保」などを柱とした。だが、風評対策などに目新しさは感じられず、従来の対策の継続や焼き直しの印象が強い。

 原発事故の発生後、農林水産物をはじめとした福島県の産品は風評によって深刻なダメージを受けた。県や市町村、各団体、生産者らは風評払拭に向けて地道な取り組みを続けるとともに、品質の向上などに懸命な努力を重ねてきた。それでも、風評は根強く残っている。一部の農産物は市場価格がいまだ回復に至っておらず、海外では現在も中国や韓国などが県産品などの輸入禁止措置を続けている。

 原発事故による風評に苦しめられてきた福島県内では、政府による処理水の海洋放出に向けた動きに、反対や疑問の声が相次いでいる。方針決定により「すでに風評は起きている」との指摘もある。一方で、県外での関心は高まらず、処理水に関する国民的な議論は深まっているとは言えないのが実情だ。

 

幅広い業種に怒り・不信感募る

 福島民報は、政府の一方的な方針決定によって新たな風評が発生する懸念があるとして、「官製風評」のタイトルを掲げ、漁業や農林業、観光業、小売業など幅広い業種への取材を重ねている。「マイナスの影響しかない」「イメージダウンは免れない」。多くの人々が口にするのは、政府への怒りと不信感だ。「政府の情報が消費者に伝わっていない」として、国内外への正確な情報発信の強化を求める声も上がる。「福島県民は何も悪くないのに風評と闘ってきた。政府には福島を守る責任がある」との人々の叫びに政府が真摯に向き合うよう、報道を続けていかなければならない。

 政府が方針に掲げた海洋放出の着手時期まで、残り1年余しかない。どのように国民の理解を醸成し、実効性のある風評対策を講じるのか。原発事故で被災した福島県民の納得が得られないまま、結論ありきで海洋放出に踏み切れば、長期にわたる廃炉作業への信頼も得られるはずがない。今後も政府の動きを厳しく監視し、県民の切実な思いを発信していく。

 

すずき・じん2000年入社 棚倉支局長 本社編集局報道部記者 東京支社編集主任 報道部県政キャップを経て 20年4月から現職

ページのTOPへ