ベテランジャーナリストによるエッセー、日本記者クラブ主催の取材団報告などを掲載しています。


3・11から11年:(2022年3月) の記事一覧に戻る

巡回ワークショップ「むすび塾」10年/役立つ防災へ各地で教訓共有(河北新報社防災・教育室部次長 須藤 宣毅)2022年3月

 河北新報社は東日本大震災の教訓を将来の防災・減災に生かすため、巡回ワークショップ「むすび塾」を2012年5月に開始した。地域、職場、学校などで開催し、22年2月で104回を数えた。

 むすび塾では住民と防災の専門家らが、災害の教訓を共有し、地域や家庭での備えを話し合う。開催地は宮城県内75回、県外25回、海外2回。他にオンライン形式2回。参加者は住民1081人、専門家102人、震災の語り部74人。津波対策をはじめ、地震、風水害、噴火災害への備えを提案してきた。

 実施のきっかけは、震災発生から半年後に行ったアンケートだった。宮城県沿岸部の被災者に、河北新報の防災報道について聞いたところ「(震災で)役に立たなかった」が72%を占めた。30年周期で発生する宮城県沖地震を想定し、震災前から防災報道に力を入れてきたが、震災では甚大な犠牲を防げなかった。加えて震災ではリアス海岸と平野部、漁村と都市で被害の様子が異なり、必要な対策も違っていた。

 こうした反省に立ち、地域ごとに少人数でワークショップを開くことを決めた。記事には備えの具体策を分かりやすく伝えるため、イラストを添えた。文字や写真が多い紙面の中で、少しでも読者の目に留まるようにという工夫でもあった。

 

地域ごとに開催、全国編も

 

 13年1月からは年数回、むすび塾全国編も開催。南海トラフ巨大地震が心配される地域などで震災の教訓を伝える一方、全国各地の先進的な防災対策を被災地に紹介した。14年6月からは地方紙、放送局とむすび塾を共催。地元の報道機関を通し、備えの大切さを広く発信した。

 むすび塾開催後、行動を起こした地域や職場、学校もある。お年寄りだけで避難訓練を実施した町内会、遠方の宿泊施設と災害時支援協定を結んだホテル、地域に活火山がある高校は、火山の魅力と噴火災害の備えを発信する活動を始めた。

 

住民同士、振り返る機会に

 

 震災の被災地でむすび塾を開催するたびに、何度も耳にしてきたやりとりがある。「震災でこんな怖い思いをした」「○○に困った」「言ってくれれば良かったのに」「今度は声を掛けてね」。意外にも被災地では、住民同士が震災を振り返る機会がほとんどなかった。多くの参加者にとって、むすび塾はコミュニティーやコミュニケーションの大切さを再確認する最初の機会になった。

 最近では、震災の当事者からは「久しぶりに震災発生直後のことを考えた」「参加する前に、当時のメールを読み返した」といった発言が目立つ。むすび塾は被災直後に感じた不安や、備えの教訓を思い返す機会になっている。近年は震災発生当時、まだ小さかった中高生を対象にした開催にも力を入れている。「親に震災の話を聞いてきた」「祖父母から困ったことを聞いてきた」など、生徒にとっては家庭内で災害を語り継ぐ契機になっているようだ。

 むすび塾とは別に、震災10年の新たな取り組みとして本年度、震災の教訓や災害への備えを学び、発信する中学生対象の「かほく防災記者研修」を始めた。宮城県内の中学生10人が参加。震災の被災地を訪れて語り部の話を聞いたり、  

 家族と避難訓練を行ってルポを書いたりしたほか、備えの大切さを発信する紙面作りも学び、研修を修了した。

震災11年となり、風化の予防と防災・減災の重要性はますます高まる。むすび塾をはじめとする防災プロジェクトをより一層生徒、学生に展開することで、震災を知らない世代にも教訓を伝承し、次の災害の犠牲者を一人でも少なくしたい。

 

すとう・よしき1992年入社 本社報道部 福島総局 東京支社編集部などを経て 2012年むすび塾を企画 19年から現職 論説委員会委員も兼務

ページのTOPへ