2024年01月25日 16:00 〜 17:30 10階ホール
「能登半島地震」(4) 山本尚範・名古屋大学医学部附属病院救急科長

会見メモ

1月4日から8日に災害派遣医療チーム(DMAT)の第2次部隊として現地に入った。

珠洲市の介護老人保健施設「美笑苑」では、グループホームの認知症患者を含め計120人の入所者を、わずか30人の職員でケアしていた。周辺地域の家は倒壊している。職員の3分の2が出勤できない。中心となる職員は2時間睡眠でケアにあたっていた。電気は復旧したものの、暖房、水は使えない。「私たちは日本の中から忘れられてしまったのではないかという怖さで震えていた」と話していたという。

介護が成り立たないことから「潜在的な災害関連死につながるハイリスク群」にあたるとし、広域避難できるよう本部に働きかけ、これまで概念のなかった「要介護者の広域搬送」につなげた。

珠洲、輪島の状況について、山本尚範さんは超高齢化社会を迎える「日本社会の未来の姿」と指摘。「大規模災害が起きてもケアワーカーが減らず、インフラが途絶しないという防災を真剣に考えるべき。医療・福祉の災害救護体制の抜本的な強化も必要になる」

 

司会 元村有希子 日本記者クラブ企画委員(毎日新聞)


会見リポート

災害医療 福祉との連携を

行方 史郎 (朝日新聞社論説委員)

 東日本大震災をはじめ数々の被災地で活動した経験を持つ山本さんは今回、1月4日~8日にDMAT(災害派遣医療チーム)の一員として現地に入った。会見ではその詳細な報告をもとに災害医療のあるべき姿について質疑応答を行った。

 日本では、阪神・淡路大震災の教訓をもとにDMATが誕生した。だが、「災害はいつも新しい顔をしてやってくる」という言葉の通り、想定外の事態はつきものだ。今回の派遣では要介護者への対処という新たな課題に直面したという。

 1月7日に訪れた珠洲市の介護老人保健施設では、自ら被災しながらもほとんど不眠で入所者の介護に当たる職員らにこう言われた。「私たちは日本の中から忘れ去られてしまったのではないかという怖さで震えていました」。入所者がいま目の前で急性期医療を必要としているわけではないが、現地にとどまる限り、関連死のリスクが高まることは明らかだ。避難の必要性を本部に伝え、それが多くの要介護者の広域避難につながったという。

 だが、課題も多い。たとえば、山本さんが所属する名古屋大学病院でも空路経由で要介護者を一時的に受け入れた。だが、住み慣れた地域を離れた高齢者はその後、どこでどうやって暮らしていくのか。想定される南海トラフ地震では、さらに多くの要介護者が被災するとみられる。災害派遣福祉チーム(DWAT)の展開を含め、医療と福祉が連携した制度が必要だと強調した。

 災害医療を志すきっかけは高校1年生のときに起きた阪神・淡路大震災。震災遺児を支援するために街頭で募金を集め、炊き出しを手伝ったという。「それはDMATの仕事ではない」という被災者を前に絶対に言ってはいけない言葉があるそうだ。とかく専門領域が細分化され、タテ割りになりがちな医療界にあってプロ意識を見た思いだ。


ゲスト / Guest

  • 山本尚範 / Takanori YAMAMOTO

    名古屋大学医学部附属病院救急科長

研究テーマ:能登半島地震

研究会回数:4

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