2016年11月28日 14:00 〜 15:30 10階ホール
著者と語る『子育て支援が日本を救う』柴田悠 京都大学大学院准教授

会見メモ

「保育サービスに政府予算をつぎ込めば日本は救われる」と提言した。「議論を巻き起こしたかった。経済学者がもっと深く分析してほしい」。保育所を増やし保育士の給与を引き上げると、経済成長率が高くなり自殺率が下がる、と統計を解読。政策効果の具体的な分析は報道の仕事でもある。
柴田悠研究室
『子育て支援が日本を救う』書籍ページ

 

司会 中井良則 日本記者クラブ顧問


会見リポート

「粗い分析といわれても議論を巻き起こしたかった」

中井 良則 (日本記者クラブ顧問)

「保育園落ちた日本死ね」のブログが話題になり、若い共稼ぎ夫婦が子どもを預ける所を探して四苦八苦している姿は身の回りにたくさんある。政府が子育て支援にもっと予算をつぎ込めば、少子化や女性の就労など様々な問題が改善されるのに、と世の中は漠然と思っていた。それなのに、政治家や官僚の動きは鈍い。

 

そのものずばり『子育て支援が日本を救う』をタイトルにした本を書いたら、新聞の書評やインタビュー記事でとりあげられ、関心が高まった。「政策効果の統計分析」という副題が示すように、日本や先進国の統計をひたすら読み込み、子育て支援に政府予算を投入すればどんな効果につながるか、を調べた本だ。数字が説得力を持つ。「やっぱり効果あるんだ。政府は早く踏み出してよ」と思わせる。

 

22ページに及ぶ膨大なレジュメを配って始まった会見は「経済学者からは『分析が粗い』と批判されました。データは足らないし、分析手法も他にあるかもしれない。でも、議論を巻き起こしたかった。経済専門家がより詳しく分析してほしい」と著書の限界を認めることから始まった。それでも「こういう視点の分析はこれまでなかった、という経済学者もいた」と付け加え、新しい手法を社会に示したという自信もうかがえた。

 

●保育サービスに予算をつければ経済成長率が高くなり、自殺者は減る

 

学者らしく、前提となる統計分析の解説に時間を割いたが、メディアが飛びつきたくなる結論は明快だ。提案する政策は「保育所を増やし保育士の給与を引き上げ保育サービスを充実させる」。その結果として「待機児童が解消する」「労働力人口に占める女性の比率が高まる」ぐらいまではすぐに想像できる。さらに「労働生産性の成長率が増える」「経済成長率が高まる」「子どもの貧困率が低くなる」「出生率が高くなる」「自殺者が減る」とまで数字が語るのだ。

 

先進国の統計を使い、因果関係を分析する。「風が吹けば桶屋がもうかる」説ではない。日本が抱える重荷を減らす副次的効果が次々に期待できる。保守とリベラルが協調できる政策だ、とも指摘した。

 

「財源がないからどうせできるはずがない」というシニカル派お決まりの難癖にも答えを用意してある。所得税、相続税、配偶者控除、資産税、消費税、年金課税などさまざまな税制改革を組み合わせれば財源は確保できる。著書では、それぞれの税をどの程度引き上げれば、有権者が受け入れるかを説明した。

 

「政党がそれぞれの政策を出し、国民が選択する。そうなってほしいのです」

 

政治家や官僚を監視するジャーナリストにとっても、統計を分析し政策の効果を調べる手法はますます必要になるだろう。

 

●不登校や自殺予防が研究の出発点

 

最後に「学問の緻密な世界」から「世の中を動かす政策提言」へ自分の中で飛躍はないのか、と尋ねてみた。

 

「学部時代は不登校やひきこもりのフィールドワークを始め、自殺予防を考えた。大学院では研究の基礎となる思想史に取り組み、不適応の概念を古代ギリシャから研究したんです。個人が社会にいかに適応するかという問題の背景を『適応できないのは個人の責任だ』と日本やアメリカは考えます。しかし北欧などでは『社会にも責任がある』と考えるのです。国によって考え方が違うし、それによって政策や予算の使い方も違ってくる。政策の効果を論じる手段として統計を使ってみようと思いました。個々の人の苦しみを救うための政策です」

 

社会の仕組みによって苦しむ人間がいるなら、その人間を救うのも社会であるべきだ。そうした発想を研究につなぎ、成果を社会に還元する。若い世代の研究者の仕事に注目したい。


ゲスト / Guest

  • 柴田悠 / Haruka Shibata

    日本 / Japan

    京都大学大学院准教授 / Associate professor, graduate school, Kyoto University

研究テーマ:著者と語る『子育て支援が日本を救う』

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