2011年06月06日 15:30 〜 16:30 10階ホール
研究会HIV/エイズ 「国際的薬物政策の動向とエイズ対策」

会見メモ

2011年3月、ウィーンで開かれた国連麻薬委員会に日本のNGOを代表して参加した樽井正義・慶応大教授が研究会「HIV/エイズ」で「世界の薬物対策のいま」と題して、麻薬委員会の議論を紹介し、質問に答えた。

樽井さんは、薬物使用が健康、経済、社会にもたらす危害を減らす諸方策をさす「ハーム・リダクション」(危害削減)ということばをとりあげ、これまで、このことばを使おうとしてこなかった日本と、効果が高い方策として重視する欧州との違いを説明した。ハーム・リダクションは薬物使用者の保健や人権を守るため、注射器交換や別の薬物による代替療法、情報・教育・相談、コンドーム配布などの対策を行う。一方、薬物使用を犯罪ととらえ、取り締まり強化を重視するロシアや日本の例もある。樽井さんは「ハーム・リダクションには、感染予防を促進するというエビデンスが多く、逆に薬物使用を増やすというエビデンスはない。反対する理由は乏しいはずだ」と述べた。

司会 日本記者クラブ企画委員 宮田一雄(産経新聞)

樽井さんが参加する特定非営利活動法人「エイズ&ソサエティ研究会議」のホームページ

http://www.asajp.net/index.html



会見リポート

薬物政策に大きな転換

宮田 一雄 (企画委員 産経新聞特別記者)

麻薬や覚醒剤などの薬物使用は、エイズの原因ウイルスであるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の拡大要因のひとつであり、ロシアのように薬物注射がHIVの最大の感染経路となっている国も少なくない。


一方で、薬物使用者はHIVに感染しても、エイズを発症し極めて深刻な病状に至るまで感染の確認ができないことも多い。厳罰化を基本とする薬物政策が、検査や治療、感染予防のためのサービスを受ける機会を実質的に遠ざけていることがその背景として指摘されてきた。


倫理学者である樽井教授は、エイズの流行が提起するさまざまな課題を哲学、倫理学の観点から研究する中で薬物対策を考えるようになり、今年3月にウィーンで開かれた国連麻薬委員会にも日本のNGO代表の一人として参加した。


樽井教授によると、今年は米国のニクソン政権が「麻薬戦争」を宣言して40年になる。厳罰化を軸とした戦争モデルの対策が期待された効果をあげてこなかった苦い現実を踏まえ、オバマ政権下では薬物政策の大きな転換がはかられているという。また、それに伴って世界の動向も、薬物使用を厳罰の対象とする発想から、健康問題としてとらえる考え方に大きく変化している。


効果的な薬物政策とはどんなものか。過去の研究の蓄積から、薬物使用者のハームリダクション(健康被害軽減)を重視する保健アプローチで感染症予防が促進されたエビデンス(根拠)は多いが、薬物使用が増えたエビデンスはないと樽井教授は指摘する。


世界の現状の中で日本は比較的、薬物使用の抑制に成功している国の一つだが、依存症治療などの支援体制はその分弱い。樽井教授は世界の動向を踏まえ、「国内では依存症治療の促進をはかる」「海外ではハームリダクションに反対しない」という2点が大切だと提言している。


ゲスト / Guest

  • 樽井正義 / Masayoshi TARUI

    日本 / Japan

    慶応義塾大学教授 / Professor, Keio University

研究テーマ:HIV/エイズ

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