日本記者クラブ賞

日本記者クラブ賞は、報道・評論活動などを通じて顕著な業績をあげ、ジャーナリズムの信用と権威を高めた日本記者クラブ会員および法人会員社に属するジャーナリスト個人に贈られる賞です。スクープ賞ではなく、特に最近数年間の業績が顕著であることが重視されます。1972年、日本新聞学会(現・日本マス・コミュニケーション学会)の元会長、千葉雄次郎氏が自著『知る権利』の出版を記念してクラブへ贈った寄託金を基金として創設されました。その後、趣意に賛同した方々の寄付金を基金に繰り入れ運営しています。

日本記者クラブ賞特別賞

日本記者クラブ賞特別賞は、クラブ賞創設40年を機に2011年、より開かれた賞をめざして新設されました。原則として、クラブ会員以外の内外のジャーナリストやジャーナリズム活動に贈られます。ジャーナリズムの向上と発展につながる特筆すべき業績や活動を顕彰します。

日本記者クラブ賞受賞者

2016年度

尾崎真理子

尾崎真理子(読売新聞東京本社編集局文化部長)
文芸記者として、多くの作家を取材し、作家本人も気づかないような証言を引き出してきた。特に、児童文学者の石井桃子氏を息長く取材した『ひみつの王国 評伝 石井桃子』(新潮社)は戦前、戦中、戦後を通して書くことにこだわった女性文学者を描ききり、出色の評伝としてジャーナリズムにインパクトを与え、日本記者クラブ賞にふさわしいと高く評価された。

堀川惠子

特別賞
堀川惠子(ジャーナリスト)

著書『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』(文藝春秋)で被爆者の遺骨を納めた原爆供養塔を取り上げ、原爆投下70年の節目の年に核兵器の非人道性を新たな角度から浮き彫りにした。ほとんど知られていない原爆供養塔の関連文書の発掘から、遺族を探し出しての聞き取りまで、労力を惜しまない徹底した取材力が高く評価された。さらに司法を中心としたこれまでの著作やドキュメンタリー番組制作でも、これまで多くの実績を残していることも評価された。

2015年度

竹内政明

竹内政明(読売新聞東京本社取締役論説委員)
2001年から14年にわたり、読売新聞朝刊1面コラム「編集手帳」を執筆している。ニュースや人びとの日常生活の出来事まで幅広く取り上げ、詩、短歌、俳句など多数の名文を引用しながら奥深い文章で切り取ってきた。ジャーナリズムを代表する1面コラムの書き手として、読者と新聞の距離を縮めマスメディアへの信頼を深める仕事をしてきたことが高く評価された。

特別賞
伊東英朗(南海放送ディレクター)・同放送「X年後」制作グループ

南海放送(愛媛県)の伊東英朗ディレクターと制作グループは太平洋での米国の水爆実験による漁船被ばく問題を10年以上も番組や映画を通じて追究している。地方民放局の厳しい制作条件下で、埋もれた事実を粘り強く掘り起こしてきた努力が高く評価された。

2014年度

橋本五郎

橋本五郎(読売新聞東京本社特別編集委員)
政治記者として40年を越える長い経験を重ね、読売新聞に毎月、コラム「五郎ワールド」を連載している。古今東西の古典を引用し、歴史に学び、グローバルな広がりを踏まえ、政治コラムの新境地を切り開いた。老いや病、死を考える穏やかな筆致は読者の共感を呼び、ジャーナリズムの成熟を示したと、高く評価された。

山田孝男

山田孝男(毎日新聞社政治部特別編集委員)
毎日新聞に毎週、連載しているコラム「風知草」で、当事者や専門家への取材を重ね、隠れた事実を発掘している。特に原発問題では浜岡原発の停止を訴え、小泉純一郎元首相の原発ゼロ発言を特報し、論争を社会に巻き起こした。世の中を動かす問題提起型のコラムでインパクトを与えたことが、高く評価された。

2013年度

小山鉄郎

日本記者クラブ賞
小山鉄郎(共同通信社編集委員兼論説委員)

文芸記者として、安部公房、中上健次など時代の動きを象徴する文学者たちを長年取材してきた。中でも村上春樹には単独インタビューを重ね興味深く紹介した。また漢字の大家・白川静の門下生となり、漢字のわかりやすい解説にも取り組んだ。作家や学者への直接取材により読者への橋渡しに努めた活動が文芸ジャーナリズムの可能性を切り開いた仕事として高く評価された。

山本美香

特別賞
山本美香(ジャパンプレス所属)

アフガニスタン、イラクなどの紛争地に危険を冒して入り、極限の状況下で苦しむ人びとを取材してきた。戦争の不条理で苛酷な実態を女性や子どもの視点でとらえたルポは、世界中のメディアを通じて報じられた。困難な条件があっても最後まで現場にかけつけた取材姿勢は、若い世代にも影響を与えており、高く評価された。
(2012年8月20日 内戦中のシリアで取材中に銃撃され死亡)

2012年度 *この年度から「特別賞」が新設されました

萩尾信也

日本記者クラブ賞
萩尾信也(毎日新聞社会部部長委員)

東日本大震災直後から岩手県三陸沿岸に住み込み、被災した人々の記録「三陸物語」を毎日新聞にひとりで201回連載した。家族を失った人々の慟哭や失意、そして生きる意味を見いだす再生への過程を、方言を生かした文章で伝え大きな反響をよんだ。多くの記者が現地取材ルポを発表した中で出色であり、大震災報道を代表する優れた仕事として高く評価された。

特別賞
福島中央テレビ報道制作局

東日本大震災の東京電力福島第一原発事故で1号機が水素爆発した瞬間をメディアで唯一、撮影し速報、多くの住民がこの映像を見て緊急避難した。この放送がなければ、市民も政府も水素爆発を知らずに危険な時間がすぎてしまったかもしれない。原発神話の崩壊を日本と世界に示した映像であり、テレビ・ジャーナリズムの使命を果たした報道として高く評価された。

特別賞
石巻日日新聞社

東日本大震災で社屋が被災し、新聞発行ができない事態に陥ったが「ペンと紙さえあれば」と6日間、手書きの壁新聞を作り、避難所にニュースを届けた。その記者魂は日本のジャーナリズムの気概と底力を内外に示したものであり、日本の報道史に残る活動である。極限状況の中、新聞の原点に立ち返った報道として高く評価された。

2011年度

国谷裕子

国谷裕子(NHK「クローズアップ現代」キャスター)
NHK「クローズアップ現代」キャスターを1993年の番組開始以来務め、広範なテー マをゲストとの冷静なやりとりで掘り下げ視聴者に分かりやすく提示している。その 優れたバランス感覚や、安定感で視聴者からも厚い信頼を得ており、テレビジャーナ リズムの信用を高めることに貢献した。次々に起こるニュースの現場と視聴者を18年 以上にわたり生番組でつないできた活動が高く評価された。

2010年度

梅津時比古

梅津時比古(毎日新聞東京本社編集局学芸部専門編集委員)
豊かな専門知識と、優れた取材力、筆力を持ち、クラシック音楽を担当する日本のジャーナリストの第一人者である。音楽の新しい聴き方、考え方を長年にわたりさまざまな形で読者に提示し続け、新聞の音楽評論の分野で斬新な世界を確立した。インターネット時代にあって ニュース報道だけでなく より質の高い評論と分析を期待されるジャーナリズムの先駆的な仕事として高く評価された。

2009年度

伊藤正

伊藤 正(産経新聞社中国総局長兼論説委員)
30余年にわたり中国報道の第一線で活躍。産経新聞の長期連載をもとに出版した『鄧小平秘録』はその集大成である。毛沢東路線から改革開放へ導いた最高実力者、鄧小平の足跡を膨大な資料と取材で綿密に再構成することにより中国の内実に迫った。長年の中国報道で培った知識と経験、人脈を生かした重厚な仕事として評価された。

阿武野勝彦

阿武野勝彦(東海テレビ放送報道局専門局次長)
優れた社会派ドキュメンタリー番組を数多く企画・制作。特に裁判員制度スタートを前に、司法の問題点を取り上げた「裁判長のお弁当」と「光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~」はタイムリーな仕事である。既成概念や横並び意識にとらわれない発想と手法、大勢に流されない放送ジャーナリストの視座が評価された。

2008年度

筑紫哲也

筑紫 哲也(TBS報道局キャスター)
TBS系列「ニュース23」のメーンキャスターとして18年余活躍、わが国のテレビジャーナリズムの確立に大きな貢献をした。新聞記者30年で培ったジャーナリスト魂と豊富な取材経験を糧に、大勢に流されない安定した報道スタイルで内外の動きを的確に伝え、民放テレビ報道の社会的役割の向上に資したことが評価された。

2007年度

松本仁一

松本 仁一(朝日新聞社編集委員)
アフリカ・中東報道で活躍。現場主義に徹した取材とスケールの大きい構想で優れた企画を手がけている。小型武器拡散の実態をえぐり出し、国家の責任と義務とは何かを読者に問いかけたルポ「カラシニコフ」の連載が評価された。

清水美和

清水 美和(中日新聞東京本社・東京新聞論説委員)
激動する中国について鋭い論評を展開。経済成長の裏側で拡がる格差問題などの矛盾や問題点を指摘し、日中関係についても先見性ある提言を行っている。現地取材と丹念な情報収集で中国の内部事情を明らかにした活動が評価された。

2005年度

黒田勝弘

黒田 勝弘(産経新聞社ソウル支局長兼論説委員)
ソウル駐在22年を超えたベテラン特派員のこれまでの仕事が評価された。長期連載コラム「ソウルからヨボセヨ」では硬軟幅広いテーマをとりあげ、困難で難しい伏流水をかかえる「隣人・隣国」の全体像に迫っている。

2004年度

春名幹男

春名 幹男(共同通信社論説副委員長兼編集委員)
長年、日米関係の調査報道に取り組み数々のスクープを放ってきた。連載企画「秘密のファイル-日米関係の裏面史」はその集大成といえる。膨大なアーカイブから新資料を発掘し、関係者への取材の積み重ねで真相に迫った仕事が評価された。

2003年度

田城明

田城  明(中国新聞社特別編集委員)
20世紀の所産である「核」問題を世界史的視点から取材し、外から見たヒロシマの意味と課題をみつめた企画記事を多数連載している。被爆地の記者としての志に支えられた仕事が評価された。

2001年度

鳥越俊太郎

鳥越俊太郎(全国朝日放送「スクープ21」キャスター)
キャスターを務めるテレビ朝日「スクープ21」で展開した「桶川女子大生ストーカー殺人事件」の調査報道は、ジャーナリズムの原点である真実の追求と権力の監視を実践し、報道の信頼性を高め、報道被害の救済でも成果をあげたと評価された。

2000年度

熊田亨

熊田  亨(中日新聞社欧州駐在客員)
1992年から中日新聞・東京新聞に連載の「ヨーロッパ展望台」が各国各民族の歴史的、文化的背景をおさえたスケールの大きい国際時評として評価された。藤村信のペンネームで、欧州の激変と冷戦の終結に関した著作も数多くある。

1999年度

国正武重

国正 武重(政治ジャーナリスト・元朝日新聞)
月刊誌『世界』に連載した、湾岸戦争時のわが国の政治意思決定プロセスを分析した論考は、入念な取材に裏打ちされた力作であり、新ガイドライン問題が論議されている最中、時宜を得た仕事として評価された。

黒岩徹

黒岩  徹(毎日新聞社編集委員)
代表的な英国通記者のひとりとして政治・経済はもとより、市井の話題を文化的背景やエピソードを織りまぜ紹介。特にそこに生活する庶民の顔と心が投影したコラムにみられる、徹底した現場主義と卓越した筆力が評価された。

1997年度

枚太郎

牧  太郎(毎日新聞社社会部編集委員)
サンデー毎日編集長としてオウム追及キャンペーンを展開、いち早く社会に警鐘を鳴らした。その後脳出血で倒れたが、そのハンディを克服しコラムで健筆をふるっている。骨太の社会部記者の正義感と批判精神にもとづく仕事が評価された。

1996年度

田勢康弘

田勢 康弘(日本経済新聞社編集委員)
新しい感性で政治報道に取り込み、鋭い評論や提言を発表し続けている。政治ジャーナリズムの自省、自己批判に勇気を持って踏み出し、政治記者と政治報道のあるべき姿を追い求める姿勢も評価された。

相田洋

相田  洋(日本放送協会エグゼクティブ・ディレクター)
ドキュメンタリー「電子立国・日本の自叙伝」「新・電子立国」など常に時代を代表するテーマに分かりやすく親しみやすい手法で挑戦し、多くの成果をあげた。映像記録者としての仕事が評価された。

1995年度

山本祐司

山本 祐司(フリーランス・元毎日新聞)
司法記者としての蓄積をもとに書き下ろした『最高裁物語』は司法の戦後史ともいえる意欲的な作品だった。社会部長時代に脳出血で倒れたハンディを乗り越え、執筆活動を続ける不屈の記者魂も評価された。

木村栄文

木村 栄文(RKB毎日放送エグゼクティブ・プロデューサー)
ローカル局のディレクター、プロデューサーとして、質の高いドキュメンタリー番組を制作。反骨の記者・菊竹六鼓を描いた作品もそのひとつである。ジャーナリストとしての目と精神でテーマ性を持った秀作をつくり続けたことが評価された。

1994年度

船橋洋一

船橋 洋一(朝日新聞社アメリカ総局長)
鋭い解説・分析記事を書き続ける一方、数々の大型スクープを放ち、国際記者の第一人者として活躍している。世界的に通用するジャーナリストとしての活動が評価された。

1993年度

古森義久

古森 義久(産経新聞社ワシントン支局長)
世界の大変動を海外を拠点に幅広く取材、20世紀末のうねりを多角的、実証的に報道するとともに、冷静な分析と論評を続けている。国際報道の第一線でのエネルギッシュな活躍と実績が評価された。

1992年度

芥川喜好

芥川 喜好(読売新聞社文化部主任)
日曜版の「日本の四季」を11年間、565回にわたり担当。徹底した取材をもとに作品の背景に触れながら、画家の人間性を透明度の高い文章で浮き彫りにした。美術ジャーナリズムに新風を吹き込んだものとして評価された。

岩見隆夫

岩見 隆夫(毎日新聞社特別編集委員)
連載企画「新編・戦後政治」「近聞遠見」を執筆、政治報道に新生面を開いた。批判的な視点を保ちつつ、一方で深いいたわりを持つ記述が、平明で親しみやすい政治記事として評価された。

1991年度

藤原房子

藤原 房子(日本経済新聞社婦人家庭部編集委員)
婦人家庭部記者として仕事・家庭・暮らしといった身近なテーマを丹念に追い続け、時代と社会と人々と生活の変化を理知的に整理、論評した。生活者の視点にたった記者活動が評価された。

1990年度

諏訪正人

諏訪 正人(毎日新聞社論説室顧問)
1979年から朝刊一面コラム「余録」を執筆、博学多識に加えて、さわやかで切り口鮮やかなタッチのコラムが評価された。戯曲の翻訳や評論などでも活躍している。

吉田直哉

吉田 直哉(日本放送協会放送総局顧問)
「日本の素顔」シリーズなど、テレビ草創期から一貫してテレビドキュメンタリーの第一線で活躍、新ジャンルの開拓と確立に大きく貢献した。常に社会的な問題を先取りしてきた制作姿勢と斬新な映像表現が評価された。

1989年度

小島明

小島  明(日本経済新聞社論説委員兼編集委員)
世界の通商・金融情勢を追い続け、変動する時代の潮流を的確に分析、論評している。紙面で国際間の相互理解の必要性を分かりやすく訴える一方、シンポジウム・講演活動などを通じて国際交流に努力している点も評価された。

1988年度

石井英夫

石井 英夫(産経新聞社論説委員)
1969年から朝刊一面コラム「サンケイ抄」(現「産経抄」)を担当。日々内外に生起する多様な問題をはじめ、広く自然や人間の営みを独自の視点と鋭い観察眼で論評。精彩に飛んだ平易な文章で、読者に語りかけている姿勢も評価された。

1987年度

大谷健

大谷  健(朝日新聞社編集委員)
経済記者として国鉄再建をはじめとする公共事業体の経営や地域経済、労使関係、森林などをテーマに活躍。固定観念にとらわれない柔軟な発想、切り込み、明快な表現などが評価された。

吉野正弘

吉野 正弘(毎日新聞社編集委員)
1980年から夕刊コラム「近事片々」を担当。従来の定型を離れた自由な形式と鮮明な切り口で社会現象を寸評している。単純な決めつけから一歩抜け出た批評精神、鋭い斬新な感覚と独特の筆致などが評価された。

1986年度

岡村和夫

岡村 和夫(日本放送協会解説委員長)
1970年から「国会討論会」の司会を務め、それまでの政治記者として培った該博な知識と冷静な判断力を駆使して、テレビ政治討論番組に新生面を切り開いた。果断で冷静な司会で政治と茶の間を結びつけたと評価された。

1984年度

増田れい子

増田 れい子(毎日新聞社論説室特別嘱託)
毎日新聞に戦後初の大学卒女性記者として入社以来、婦人、生活、文化、芸能など幅広い分野で活躍。『女のしんぶん』の編集長も務めた。婦人問題を中心とする記事・論説に筆をふるってきた活動が評価された。

牛山純一

牛山 純一(日本映像記録センター代表取締役)
日本テレビ時代とそれに続く日本映像記録センター、日本映像カルチャーセンターでの活動を通じて、テレビドキュメンタリー番組に取り組み、数々の話題作を企画・制作した。内外の優秀作品の収集、保存、公開などに精力を注いでいる活動も評価された。

1983年度

斎藤茂男

斎藤 茂男(共同通信社社会部兼編集委員室編集委員)
事件記者あるいは連載企画のキャップとして、常に時代の底流を見すえてねばり強く社会的テーマを追い続けてた。55歳に至ってもなお”生涯一記者”に徹して活動する姿勢が評価された。

1982年度

須田栄

須田  栄(中日新聞社編集局放送芸能部嘱託)
およそ半世紀にわたり、夕刊コラム『千夜一夜』を執筆。独特の軽妙しゃだつな筆で市井の笑いと哀しみを描き続けた。”生涯千夜一夜記者”に徹し、85歳に至ってなお文筆一筋に生きる活動が評価された。

1981年度

村尾清一

村尾 清一(読売新聞社論説委員)
1969年から夕刊コラム『よみうり寸評』を担当。硬軟両面のニュースや話題をとりあげ、豊かな識見と軽妙な筆致で鋭い批評を行ってきた活動が評価された。

1980年度

疋田桂一郎

疋田桂一郎(朝日新聞社編集委員)
夕刊連載の『わたしの言い分』欄を企画担当し、ニュースになりにくい少数意見をとりあげ、問題を立体的・多角的に展開した。正確な情報と公正な報道を追及するジャーナリズムの使命達成に功績があったと評価された。

1979年度

岩下雄二

岩下 雄二(熊本日日新聞社取締役会長)
33年間にわたって社説、コラムを担当。その評論活動を通じて地域の社会・文化の発展に寄与するとともに、ジャーナリストの社会的地位の向上にも功績があったとして評価された。

1978年度

松山幸雄

松山 幸雄(朝日新聞社論説委員兼編集委員)
10年以上にわたる米特派員生活の体験を通して、国際化時代への対応を迫られている日本を眺め、鋭い論評を展開した。連載記事『日本診断』は、卓越した日本人論であり、記者のすぐれたセンスと見識をあますところなく発揮していると評価された。

1977年度

芝均平

芝  均平(朝日イブニングニュース社相談役)
50年間のジャーナリスト生活を通じて培った鋭い目でコラム「ジャパン・トゥデイ・アンド・イエスタデイ」を執筆。内外から高い評価を受けており、国際社会での日本理解にも資していることが評価された。

磯村尚徳

磯村 尚徳(日本放送協会ニュースセンター副主幹)
国際報道取材を通じて得た豊かな知識と経験を生かし、「ニュースセンター9時」のキャスターとして活躍。テレビニュースに新風を吹き込んだ。テレビニュースへの一般視聴者の関心を高め、放送ジャーナリストの新しいスタイルをつくり出したと評価された。

1976年度

松岡英夫

松岡 英夫(毎日新聞社終身名誉職員)
長期連載企画「この人」でインタビュアーとして活躍、ジャーナリズム活動に新境地を開いた。また「サンデー毎日」誌上の「サンデー時評」での鋭い論評も評価された。

池松俊雄

池松 俊雄(日本テレビ放送網番組制作部次長)
13年間にわたってサリドマイド児・荒井貴くんの日常を記録。ヒューマンなドキュメンタリー作品「君は明日をつかめるか-貴くん 4,745日-」(1975年12月放映)が評価された。

1975年度

古谷網正

古谷 綱正(東京放送ニュースキャスター)
1963年から東京放送のニュース番組「ニュースコープ」を担当。わが国の草分け的ニュースキャスターとして活躍した。20年にわたる新聞記者の経験を生かし、テレビ報道の信頼性を高めることに貢献したと評価された。

1974年度

松浦直治

松浦 直治(長崎新聞社論説室顧問)
新聞界に入って以来半世紀、ジャーナリストとして健筆をふるってきた。朝刊コラム「水と空」は、その博識と時宜を得た論評で高い評価を受け、県民の社会的、文化的な知識の啓発に寄与したことも評価された。

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  • 徳重徹 テラドローン社長

    徳重徹 テラドローン社長2016/09/28

  • 星野佳路 星野リゾート代表

    星野佳路 星野リゾート代表2016/09/26

  • オーウェン・マーフィー 金融サービス・電子政府・公的調達担当相

    オーウェン・マーフィー 金融サービス・電子政府・公的調達担当相2016/09/26

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