2016年01月29日 16:00 〜 17:00 10階ホール
「3.11から5年」④御手洗瑞子 気仙沼ニッティング社長

会見メモ

3.11から5年 (4)

高級手編み物を販売する気仙沼ニッティングの御手洗瑞子社長が会見し、記者の質問に答えた。
司会 小栗泉 日本記者クラブ企画委員(日本テレビ)


会見リポート

種をまき、いま「脱・被災地企業」を宣言

長い目で見た経済的な復興、御手洗さんの言葉を借りれば「人の暮らしのサイクルを取り戻す」という狙いで、2013年6月に「気仙沼ニッティング」は誕生した。

 

東京生まれの東京育ち。外資系のマッキンゼーやブータンでの観光産業育成事業に関わった経験を生かし、3・11後は東北の自治体と産業復興戦略を練っていた。国が主導するハード面の復旧が進む一方、生活の場に「もう一度種をまき、芽を育て、森にするボトムアップの取り組みが必要だ」と感じた。だが、待っていても出てきそうにない。「まずは自分がやろう」とオーダーメードのセーターを編む事業に踏み出した。

 

なぜセーターなのか? 被災地で編み手をどう確保したか? 一着15万円以上の価格設定の理由。編み手の思いや顧客の反応。創業にまつわる苦労やその後の展開は、動画で聞いてほしい。その物語はドラマチックだし、スリリングでもある。

 

創業時4人だった編み手が、まもなく60人を超える。そこで、御手洗さんは「脱・被災地企業」を宣言した。震災復興の文脈で語られてきた会社が、そこを飛び出すことには異論もあるだろう。会見でも、そんな質問が出た。

 

「震災の記憶や支援の思いが風化していくのを責めることはできない。前に進むとはそういうことです。風化を前提に事業を続けていかなくてはと思っています」と答えた。

 

その決意は、編み手が見せたある瞬間に支えられているのではないだろうか。初年度から黒字を出し、「これで気仙沼市にも納税できます」という報告に、女性たちは「私たちの仕事が町のためになったんだね」と喜び合ったという。

 

誰かの、何かの役に立つという「仕事の喜び」を多くの人にもたらす。それは被災地という枠を超えて、「人の暮らしのサイクルを取り戻す」という大切な試みである。


毎日新聞社論説委員 中村 秀明

ゲスト / Guest

  • 御手洗瑞子 / Tamako Mitarai

    日本 / Japan

    気仙沼ニッティング社長 / Representative Director, Kesennuma Knitting Co.,Ltd.

研究テーマ:3.11から5年

研究会回数:4

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